再掲 ドラマ鑑賞のラビリンス(前代未聞?の大幅減筆…ーー;)

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(すいません。書きすぎました。大事なところを書いていないつもりでしたが、原作を読む楽しみを奪ってしまっていたことに朝になって気がつきました。夜中のやる気は危険です…^^;。で、かなりに内容をカットして再掲です)。





見ました。『フィレンツェ・ラビリンス』。

う~ん…ーー;。

ある意味で、扱いにくいところを避けてきれいにまとめられていたという感じがしました。主役の杏ちゃんはうまかったし、私の頭の中でモノクロ…と言うよりセピア色だった画像が、きれいな動画として見られた…というご褒美はあったのですが、原作を先に読んでしまうと、映画やドラマが違う!と思える…という良くあるパターンにはまってしまった気がします。

そんなわけで、純粋にドラマとして見られた方と私との違いはかなりあると思いますから、これを見られて、ドラマがよかった~と思われた方はここから先はほっぽっておいてくださいね。

さて、いちばん最初に気になったのは、主人公の設定でした。ドラマでは、28歳で、どうもフリーライターになってそうたたないよう。実際は、36歳で、掛け持ちで仕事もされる売れているライターさんでした。責任も実績も背負ってきたライターさんなんです。

そのライターさんが、(ドラマでは5日間フィレンツェだけにいくということでしたが)実際は10日間をかけて、フィレンツェ、ポルトガル、そして、見てもらった方が言われた生地(「せいち」。もちろん「きじ」ではない)を訪ねていらっしゃるんですね。

フリーのライターが、自分の都合だけで10日という時間を空けるというのは、死活問題になりかねない行動です。さらに、前世を検証しに…なんて理由だと、「あんたはそんなもん追いかけて、うちの仕事を袖にするのか」…と、二度と仕事が持ち込まれなくなる可能性さえある(実際、彼女の行動に対してさげすむような言葉を投げた方もあったようです)。それでもいいという覚悟をしての旅だったんですよね。友達らしい編集者に励まされて…なんて、他人任せのことではなくて…。

さらに、前世を見られたのは普通の方で、それを生業にしている方ではないですし、最初にその方に「前世はこの人」と言われたのもデジデリオとは別の人。さらに、その前世の見方も、テレビのとは違います(話の大事な取っ掛かりなのに、このあたりの説明がすごくあいまい)。

そして何より、彼女(原作の筆者)はもっともっと前世に対して、否定的でした。だからこそ、これでもかこれでもかと訪れる数々の偶然(と言う名の、必然?)に背中を押されるようにして、1年半という時間をかけて、疑う、調べる、何かある…ということを続けていくようになるんです。

彼女が専門家の方に話を伺ったりする部分にもいろんなエピソードがあるのですが、けっこう面白いその辺りはさらっとしていましたし、ガイド役の方も、イタリア在住の日本人芸術家からあちらの大学院生になっていました。彼の活躍もポイント高かったんですけどね…。

そして、デジデリオ…。ドラマではとてもさわやかな部分だけで描かれていますが、実際は、美しい外見と繊細で優れた才能と技術を持つ芸術家の側面だけではなかったことがわかります。

さらに、前世見の方によると、「ルビー」という名(それ以外にも2つ)だと言う、彼が愛し愛されていた男性探しも、実はこの旅の大きな目的だったんですが、ドラマではそこにはまったく触れてなかったのは残念でした。

彼を思うデジデリオの気持ちはいじらしくもあったんですけどね。保険会社の一社提供。8時台と言う時間では、500年前の知識階層のそういう部分を加えた価値観を描くには、少し難しいところがあったのでしょうか。2時間で絞りきれない話だったと言うこともあるかもしれないですね。

何より残念だったのは、本の中にあった素敵な言葉か使われていなかったことでした。まっ、仕方のないことではあるのですが…。本の中には、こんな言葉があります…。

『組織が発行した証明書や看板の方に頼って生きるより、自分で肩書きを決め、自分で箔をつけて生きる方がむしろ爽快だ』

「まさに~」と思ったこの言葉は、直接本筋とはそう関係ない言葉だし、ドラマでは使われていないところで出た言葉なので、使えなくて当然だったかもしれないですけれど、彼女の踏ん切りを思わせた、小気味いいことばでした。

 原作で、「500年前、享楽におぼれた生活をしたために、今世では運も格もど~んと落ちてしもた」と、笑えないことを言われた彼女は、本の最後でも、結果として前世というものに対して疑いを捨てきれないと言っています。それでも、思わぬ発見や事実に出会ったりもする。それも真実。そういうことを繰りかえしながら、それがほんとでも間違っていてもどうでもいいと思うようになったと言うんです。そして、最後のこの言葉にいたります。

『人間はどこから来て、やがてどこに帰るのかわからない。けれど、どこから来て、どこに帰るにしても、人生は心からしたいと望むことをするためにある』

「心からしたいと望むこと…か…」

本を置いてから、ちょっと考え込みました。