お詫びの洗濯

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tukattanohakore




 前回の記事で、行き当たりばったりの片づけをしているという話をアップしました。今回は、その一片の話を。


 少し前、昨年の腕のけがで不自由し、眠りが浅くなっていた時期から、わんこ型の抱き枕をつかっているという話を書きました。いつ頃どういう経緯で買ったのかは記事をたどればわかるんだけど、取りあえず「だいぶ前」ということにさせてくださいね。

 使い始めてから、側に置き、そこにあることが当たり前になっている今までに、何回か床に放りだされては、脳しんとうを起こしているだろうその子。暑い時期もぎゅうぎゅう抱っこされることもあったその子は、特に気になる臭いはしないし、目立つ汚れもないものの、実はけっこう汚れているのではないかと、ふっと思ったんです。


ーお詫びに、洗ってやりたい!


 いちばん簡単なのは、クリーニングに出すこと。でも、「物」としてこれが洗濯機でぐるぐるされるのになんか抵抗があって…。ところが、どうも家では洗えないらしいんです。でも、家で洗えないとされている衣料素材のものでも洗える洗剤もあるんだから、もしかしたらと、ちょっと探してみたんですね。


 ありました!! それも水をつかわなくても、液剤をスプレーして乾いたタオルでこするだけでいいという簡単さのが。


 レビューを少したどってみても、落ちがイマイチだったとか言うのはあっても、その後何か良くないことがあったというのはないようなので、特に問題はなさそう。まぁ、すごく目立つ汚れとかいうのはないし(まだ一年にもならないですからね)、年代物のぬいぐるみがきれいになった…というレビューも多くあって、それならこれならいいかということで、Amazonの買い物のついでに買ってみました。


 何年熟成物かは書かれていなかったけど、「一本で全長60センチのぬいぐるみに一体つかったらすごくきれいになった」という方もあるようだから、全長70センチの我が家の子にはこれ一本全部つkaわないとだめかなぁとか思いながら試しに一部にシュッシュッシュッ。

 やり方として書いてあったように、その後乾いたタオルでそこを拭いてみたんだけど(私がしたのは、まずパンパンと小さくたたくようにしてから、「こすって」…に近かったかも)、白いタオルなのに汚れはほとんどつかない…というか、ついているのかもしれないけど目視ではわからない程度で、正直、「目立った汚れはなかったのに、タオルが汚れていてびっくり!」…とかいうのを期待していた私はちょっとがっかりしました。

 それでも、もともと目立った汚れはなかったんだからしょうがないのかなと思いながら全体をやって、その商品のレビューである方が書いてらしたようにドライヤーで乾かしてみると、あらまっ。な~んかふっくらしてる!(濡れたのをドライヤーで乾かしてるんだから、それはそうか) で、こざっぱり、すっきりもしているような…。そう。ような…なんですけどね。何か、放っぽったお詫びはできたように思えました。


 私は半量もつかっていないから、うちの子程度だと1本で2回分ですかね。どうしても捨てられない、大事なぬいぐるみなどお持ちの方は、適当なのを探して一回試してみられるのもいいかもしれません。

 








 

お姫さまはどんなのがお好き?

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kabotyapantudakeni



  急に寒くなってきたからか、体調がちょっと変です。妙に、また急に、眠くなったり(これは例によってだけど)、何か思いついても次から次ぎへと思うことが移ってしまう…とか、うまくたとえようのないおかしさなんですが。

 そういう感じでも、合間合間に断捨離とまではいえないけど片づけをまたやってるんです。と言っても、これもこれで、あれこれと興味の対象が移っていくので、あんまり片づいてない感じなんですよね。いつからどこを遣ってんだ…って感じでね。


 ある時、ユーチューブを見ていたときのこと。私が神社関係の動画を見ることがあるからか、自動再生でほっておくと、スピリチュアル系の動画が出てくることがあるんですね。そんな中に、ちょうどやっている片づけの話があったんです。それが、「お姫様にはかせるパンツ(下着のね)」の話。


 自分の体は、自分の魂の乗り物だから、大切に、お姫様のように扱ってあげないといけない。その話は、そんなような言葉から始まりました。食べ物に気を使うのも、運動するのも、睡眠も、そのお姫様のため。案外大事なのはパンツで、「このパンツをお姫様にはかせられるか」を考えてパンツを替えると、運が良くなるというんです。


 その時々でバラバラのことを捕まえる私の今のアンテナがとらえたのが、「お姫樣にはかせられるか」ということば。そのとたんに思ったのは、お姫様ってどんなパンツをはくんだろうということ。フリフリのレースのついた、ロマンティックなやつ? いや、好みはそれぞれ違うかもしれないけど、まさかひもパンではないだろうし、派手な色のとかエロテックなのでもないだろうし、かなりのビキニの、とかいうのでもないと思う。

 案外、おへそのあたりまでくるようなシンプルなパンツかも。まっ、少なくとも、生地が弱ったり色があせたり…ではないよね…と、頭の中はパンツパンツパンツ……&パンツ。まっ、あんまり華美ではない、上質で「シンプル イズ ベスト」なやつかな~と思って一段落(そして、コーヒーをゴクリ)。


 で? うちのお姫様は? 


 あ~。それそれ。うちのお姫様にはどんなのがいいんだろう。お値段は要相談で、はきやすくて心地よくて、シンプルだったり、ちょっとおしゃれだったりするのがお好きかもしれないなぁ…(お姫様だけに敬語)。難ありはさよならして、そういうのを買い足しますかね。ちょうど引き出しをいじってるし。


 さて、これで少しは開運できる?



※ところで、何でこの画像か…。ハロウィンが近いから? ノンノンノン…。詳しくは、画像の下に。お後がよろしいようで~。
 
 

アマビエではなくて

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yakubyoyokenoofuda



遠縁のおばさまからいただきものをしました。アケビと、↑のお札です。どちらも母の年代で言うところの、奥山のものです(深山のものという意味らしい)。

 アケビって、知ってる方がありますかね。山の実のようなのですが、実はほとんど見たことがなく(一度、大山のあたりで見たことがあるような…ないような…。ちょっと写真にする勇気がありませんが)、これ食べて~と言われても、どうやって食べていのやら…。

 知ってると思っていた母は、それこそ奥山の育ちなのですが、気候が違うのか、実家のあたりでは見たことない=料理して食べたこともない…ということで、「みそ炒めにすると美味しいよね~」と言われ、「そうですよね~」とニコニコ言ってしまった手前、母も聞き返すこともできなかったらしい…。

 ネットで調べてみると、皮を食べるんですね。中の気持ちの悪い(おばさま、ごめんなさい!)のじゃなくて。薄切りにしてしっかり炒めて味噌と砂糖で味をつけるということらしい。うん。料理法はわかった。だが、立ち向かう勇気がわかない…。一日二日、考えてみます(何を?)。

 そして、↑のお札は、鳥取中部の「奥山」、三徳山(みとくさん)にある三佛寺(さんぶつじ)の、秋のお焚き上げの時用に配られたお札です。今年は例年の火の用心ののほかに、コロナウイルスのための厄病よけの特別版だそうで、玄関に貼っておくようにとお達しがありました(もちろんおばさまから)。アマビエみたいなのじゃなく、鬼…ですよね、これ…。これがウイルスを払ってくれるのかぁ。

 とりあえず、玄関のたか~いとこに目だたないように貼っておきました。それじゃダメかなぁ?

朔日参り…とも言うらしい~final~(追記あり)

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temizuya


(昨日の記事の続きです)

  さて、ここまでは参道を一人で来たんだけど、手水舎のあたりまで来ると人影が見えました。最近では、朔日参りをする方が減ったそうですが、少しは来ておられるのかなと思ったら、どうも観光客の方のよう。

 その方たちを見て、実はちょっと迷ったんだけど、多分大丈夫だろうと判断して、手水を遣って拝殿に進みます(マスクしたまま手水は口に付けずだし、あとスプレーするしで、何か失礼きわまりない?)。

 倭文神社では拝殿に入ってお参りするんですね。その日は暑いくらいのお天気だったからか、一日だったからか、拝殿の横の扉(不勉強で、正式名はわかりません)が開かれているのを初めて見ました。



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(今回拝殿の写真を撮ってなくて、これ数年前のです。ピントはあやしいし、えらくうっそうとしてるけど。今はもっとすっきりとしています)


 タイミング良く一人になれたので、二礼二拍手して手を合わせ、住所と名前をちゃんと声を出して伝えました。そして、無事に過ごせているお礼を。すると、とんでもなく気持ちのいい柔らかな風が吹いてきたんです。いやもう。座り込んでずっといたいと思うような気持ちよさです。

 境内には何人か参拝客がおられたものの、もうお参りされた後なのでしょうか。拝殿には誰も入って来られなかったので、実際しばらくそこでたたずんでいました。横の扉が開けられている分、開放感があったこともあったのかなぁ。ほんとうに気持ちよかった。印象深かったので、2度言いました(おいおい)。

 あまりに長くいて賽銭泥棒を疑われても困るので、拝殿を出て拝殿・本殿の裏へ回ることにしました。どういうわけか、家族や友達と来たときには、拝殿に向かって左側から回っていたんだけど、ふっと思ったんですね。そういえば、出雲大社では右側からだなって…。

 ここはどっちが正解なのかわからないけど、間違ったとしてもまさか祟られることもないだろうと、出雲大社に倣って右側から回ってみました。
 
 大正解でした! 左側から進んだときに見える景色とは比べものにはならないくらい気持ちのいい景色が広がっていたんです。左から回るのと右側から回るのと、こんなにも受ける印象が違うのかとびっくり。森が、森が生きてる! 反対側から回るときは、ただ、ごつごつした木の根ばかりが目立つ、歩きにくい道だったはずなのに。いや。こんな景色だなんで、思いもしなかった気がします。


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 そうそう。さっきの風もついてきてくれました。…というか、山の下の方にある湖からの風が神社の方まであがってきているのかもしれません。帰って車を降りて、「ああ。今日は暑いくらいだ」と思ったんだけど、あの境内は、あの場所はほんとに柔らかに涼しかった。




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<               (見にくいね)

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 元々気持ちのいい空気の場所だとは思っていたんだけど、そして、これまでいくつもの神社にお参りしてきたけれど、こんなに気持ちがよかったのは初めてのことです。

 鳥居をくぐり、「おじゃましました」と一礼するまで、うまく言えないんだけど、「やさしいワクワク」が続いてくれました。朔日参りしたご褒美かなぁ。こんなことなら、近いうちにまた来ないとね(と言ってると、初詣になる?)。


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 最後に、ちょっと行ってみたいなと思われた方に。伯耆一の宮「倭文(しとり)神社」」へは、基本車。自家用車かレンタカー、最寄り駅のJR松崎駅からタクシーでというのが無難だと思います(車で10分弱くらいかな)。

 「倭文神社」へ行く直接の公共交通機関はないので、車でないと、神社のある山の中腹まで4キロ数百メートル歩くことになります(松崎駅から歩いて行かれた方によると、徒歩で45分ほどで行き着くそうです)。

 ターミナル駅である隣駅、JR倉吉駅からバスで15分ほどの「舎人入り口」で下りて歩く…という手もありますが、やはり道程で一番大変ないくつもの坂道を歩かなければならないのはおなじ。そういえば、学校行事で、湖の反対側から歩いてきただろう高校生達に会いましたが、大人だと、健脚な方でないとけっこうきついかと思います。

 ただし、途中、シタテルヒメさまが出雲を偲んだという場所や、桜並木の坂道から眼下に周囲12キロメートルほどの湖を臨む風景などはとてもきれいなので、健脚な方なら、行きはタクシーで、帰りはがんばって歩く…という手もあるかと。お花見ができる時期は格別ですから。

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(追記)
YouTubeを見られる方に。YouTubeで『しとりじんじゃ』で検索してみてもらうと、『パワースポット大人旅』というのに、私が説明しきれていない風景がでてきています。拝殿の裏の方には回られていないみたいですが、とてもきれいに撮ってらっしゃいます。ただ、普段あんなに樹があるように思ってなかったなぁ。何故だろう。

朔日参り…とも言うらしい~その4~

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 10月の朔日(1日)。前日とはうって変わって、見事な晴天の下、「やっぱり今日で正解だった」と思いながら、倭文神社の最初の鳥居をくぐりました。

 ここに来るといつも、この鳥居をくぐったあたりから、周りの空気が変わる気がします。ふんわりと柔らかい感じがするんですね。それが、拝殿の近くになるにしたがって気持ちよくなってくる。これは、一緒に行った人が違ってもおなじことを言うので、私だけが感じることではないのだと思います。

 そこから見えてくる随神門をくぐり、右手が山に沿った参道をさらに進むと、その山際の方に、小さな「経塚」の案内板が見えてきます。実はその経塚のまわりにはぐるりとまあるく木々が植えられていて(自然にそうなったわけではないことがわかる)、大正時代に調査が行われるまでは、シタテルヒメさまのお墓なのではないかと思われていたんだそうです。

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 調査してみると、そこから出てきたのは数々の経本などで、シタテルヒメ様にまつわるものは出てこなくて、「ただの経塚だったかと、墳墓の手がかりを期待する人たちはがっかりした」と書かれた物を読んだことがありました(とは言っても、出土した物は国宝となり、国立博物館に収蔵されているそうなので、これはこれで立派なもののようですが)。

 でもね、その経塚ぎりぎりに、わざわざぐるっとまあるく木々で囲う写真を見てからずっと思ってたんです。「経塚を何でそんな風にしてわざわざ守るんだろう。変なの」って。

 さて、ここでまた寄り道話。実は今回、お参りを終えて家に帰ってから、ふっと「そういえば、参道の長さはどれくらいなんだろう」と、ネットで検索してみたとき(約200メートルいうのを見つけました)、たまたま見つけたとある一文にこうあったんです。

 「平安時代の経文を納めた物が確認されたわけだが、平安時代以前に納められたものについてはわからなかったという」。

 確認された? わからなかった? なかった…じゃなく、わ・か・ら・な・か・っ・た…なのね?(しばし沈黙)。 ふ~~ん。ふっ(にやっ)。

 

朔日参り…ともいうらしい~その3~

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昨日の記事の続きです。

この神社には、お二柱の他に、いつから祀られたのかはわからないんだけど、五柱の神様がいらっしゃいます。オオクニヌシさんの息子さんで、恵比寿さんと呼ばれるコトシロヌシさんと、力自慢のタケミナカタノミコトさんのご兄弟(シタテルヒメさんとは異母兄弟ですね)、シタテルヒメさんとおなじお母さんからの兄アジスタカヒコノミコトさん(以降、アジスさんと略します)、薬や医療の神様であり、しばらくの間お父様の右腕であったスクナヒコナノミコトさん。そして、アマテラスさんに、国譲りさせるために出雲に行けと命じられて遣ってきたものの、絶世の美女であるシタテルヒメさんと恋に落ちて夫婦となり、オオクニヌシ側についてしまったアメノワカヒコノミコトさん(以降、ワカヒコさんと略す)。ワカヒコさん以外は、オオクニヌシさんのゆかりの人ばかりです。

 前に書いたことがあるんだけど、このワカヒコさん、アマテラスさん側を裏切った代償として、放たれた矢に胸を射抜かれて絶命してしまわれます。超イケメンで、才と力にあふれた神様でいらしたようなんですが、何とシタテルヒメさんのお兄様である、アジスさんそっくりだったそうで…。

 訃報を聞いて駆けつけてきていたワカヒコさんの御両親に、「生きていたのか」と泣きながら抱きつかれ、頭に来て暴れ回って帰るアジス兄、その後ろ姿に向かって、「この人(神)は、私の兄です~」という美しい「定型でない歌」を詠んだというシタテル妹。

 この、「定型でない歌」を初めて詠んだのがシタテルヒメさんで、その意味で和歌の祖とも言われ、お参りすると文章上達の御利益があるとされているらしいんですが、友であり、義理の弟でもあった人(神)を弔う席で、見間違えて抱きつかれただけで、キレて暴れ回って帰る兄に向かって、たたえるような美しい歌を詠んだというシタテルヒメさん。話として、どっか変!(もしかして彼女は、ブラザーコンプレックスだったのかしら)…というのは置いといて…(おいおい)。

 実はね、今回偶然拾った話なんだけど、この神社の主祭神のタケハヅチさんには、古事記や日本書紀には書かれていない別の名前があったそうなんです。その名は何と、「アメノワカヒコノミコト」。どっかで聞いた名前でしよ? …って、さっき聞いたばかりの名前でしょ? そうです。シタテルヒメさんのご主人の名前です。

 ほんとにそうだったら…って話だけど、(おなじ方の名前が二つあることにはなりますが)いつ建立されたかわからないほど古い神社である倭文神社に、この二柱が最初から並び立っているということに、ちょっと胸が熱くなる想いがしました。もしかしたらだけど、「人々の生活のために尽力してくださったシタテルヒメさんに報いたい。せめて、愛する亡夫と一緒にこっそりお祀りして差し上げよう」ということだったのではないかと思えたからです。
アマテラスさんを裏切ったワカヒコさんを、最初はそのままの名前で主祭神にすることがはばかられたんじゃないかしら。知らんけど…(二度目のおいおい)。

 このところ、どういうわけか唐突に、何度もシタテルヒメさんのことを思っていました。その中で、こんなことを知ったとなれば、感謝を伝えるだけに行くとしても、倭文神社に行くしかない。そう思ったんです。

朔日参り…ともいうらしい~その2~

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 いつから始まったかははっきりしないんだけど、江戸時代あたりからは記録に残されているという「朔日参り(一日参り)」に、私が出掛けたのは、伯耆一の宮「倭文(しとり)神社」です。

 ここは安産の神様として有名で、周辺地域だけでなく、かなり広い範囲からお参りされている神社です。かく言う私も、母が私を身ごもったときにご加護をいただいている神社なんですよね。ここのご祭神のおひとり一柱)である、「シタテルヒメ」さんが、農業の開発や医薬の普及と同時に、安産のために尽力された神様だということからのことのようです。

 この倭文神社の主祭神は、タケハヅチノミコトさん。倭文織(日本の織物)の祖とされる神樣です。由緒書きによれば、このあたりが倭文織の産地であったことから祀られたもので、そこにオオクニヌシさんの娘さんであるシタテルヒメさんを加えて祭神とされと書かれています。

 境内には、安産を願う人のための安産石や、お乳がたくさん出るようにと願を掛ける木とか、安産にまつわるものだけがあって、織物関係の物は見えないんですけど、なぜかタケハヅチさんのほうが主祭神なんですよね。

 このタケハヅチさん、何と国譲りに従わない神様を成敗するために遣わされたらしいんです。織物の神様ですよ。何でそんな神様を遣わしたのかと思える妙な采配です。

 さらに、その国譲りを迫られていた側のトップは、シタテルヒメさんのお父様、オオクニヌシさんです。アマテラスさんに最愛の夫を殺され、出雲を追われてここに行き着き、里の人々に慕われ、その力になりながら尽力しながらも、時折懐かしむように出雲の方を眺めては、ここを終焉の地としたと言われるシタテルヒメさんと、相対する立場の神様を何故この場所でセットにしたんでしょう。

 朔日参りからちょっと話がすれるんですが(すでに、少し前からずれている)、実は、あくまでも一つの説としてだけど、興味深い話があるんです。