『光と風の間(はざま)で』総本家

総本家なんで、あれこれあります

オットケ・ソウル(hikari的初めてのソウル旅)6

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 思えば、いろんな意味で、「見極めたい」というのが今度の旅の目的だったのかもしれません。見極めるというより、「本当」を見たいというべきでしょうか。

 高麗青磁を見たいと思ったのは、かなり前からなんですよね。京焼のことを調べていて、ある陶工の逸話が心に残り、それでひとつ物語を作ってしまったくらい(ストーリー自体には、彼はそんなには関係していないのですが…)。それくらい、その逸話に惹かれたんです。

 遠い昔、高麗青磁の美しさに惹かれ、それのうつし(模写のことです。これは贋作を作ることとは違い、自分の技術をあげるためにやることですが)を作り続けた陶工がいました。彼の想いは強く、そして腕も確かなもので、それと見分けがつかないものが作れるまでになったんです。

 高麗青磁には銘を刻むという習慣がなかったため、彼もそれに倣っていたのですが、それを悪用し、彼の大切な作品を高麗青磁だと偽って売ろうとするやからが現れます。そして彼は、「贋作作りのだれそれ」などと、悪名をつけられることになるんです。

 彼はそれにひるみませんでした。毅然として、写しを作り続けたんです。やがて彼は、彼の名前を付けて「だれそれ青磁」と呼ばれる、独自の青磁を作るまでの陶工になっていくのです。そういう反骨の人好きなんですよね…^^;。
 
 その人が、自分のせいでもないのに、不本意なあだ名を付けられたり叩かれたりして、どんなにかつらい想いをしただろうことは、容易に想像できます。あるいは、そんな風評などどうでもいいくらい、高麗青磁に魅入られていたのでしょうか。

 どちらにしても、彼がそれほどまでにあこがれ続け、うつすことをやめなかった高麗青磁ってどんなものなのだろう。それが、自分の目で見たい。いつしかそう思うようになっていました。

 その傍らで、実は私自身は青磁より白磁に惹かれる想いがあり、さらに、それらとともに、京都広隆寺にある弥勒菩薩の源流である、こちらの弥勒菩薩に会えるこの国立中央博物館をいつかは訪れたいと思い続けていたんです。地下鉄のおじさんの助けもあって、それが果たされるときが近づいていました。


(画像は、途中で発見したバス^^)