秋の京都(そして出会いの時)

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 広隆寺霊宝殿。ずいぶん昔に行かれた方が今行かれると、「おっ!」と思われるかもしれません。昔はいかにも「お寺のお堂」という感じでしたが、今は、「資料館」に近い趣になっています。仏さまたちが見やすいようにライトアップされてるところなんか、そんな感じです。それでも、祈りの場所という感じは、ちゃんと残っています。

 霊宝殿に入ると、10人くらいの方がいらっしゃいました。これくらいの方がいらしても、弥勒さんとお会いする妨げにはなりません。私たちの後からも入ってこられる方もありましたが、霊宝殿を出て行かれる方もあるので、この時期でも十分ゆっくりとお会いできました。これが冬のさなかや梅雨時期、夏の頃だと、運がよければしばらくの間一人で向かい合うことも不可能ではないと思います。

 たいていの方は、吸い寄せられるように教科書などでおなじみの、あの弥勒さんの前にいかれます。いつもは一応お一人お一人のお姿を拝見していく私も、今回は一気にその前に。初めてここを訪れる母は、それぞれにご挨拶しています。やはり、私の母です(爆)。

 さて、弥勒さんと向かい合う方の中には、離れようとされず、拝むために準備された畳のスペースに張り付いてらっしゃる方もあります。それはもう食い入るように、という表現がぴったりで…。

 私の目的は、多少は薄れたものの、記憶の中にあるソウルの弥勒さんとここの弥勒さんを比べてみたいということでした。すぐにその前に座りたいと思いましたが、その方の前では、ちょっと気後れしました。後ろから全体を見てみると、確かにかなり似ています。全体の姿、そしてしぐさなどそのものです…。

 しばらく全体を眺めたあと、今度は右に動き、左に動きして、弥勒さんの背中を少しでも見たいと思ったのですが、弥勒さんはかなり向こうでその背中は見えません(何故背中にこだわるか不思議な方は、「オットケ・ソウル」のその部分をご覧ください)。

 ただ、その背中のラインなどから、なんとなく感じられたことはありました。あちらは金銅性、こちらは赤松製という材質の違いからか、はたまたまったく違う理由からか、二体の弥勒さんの背中から受ける感じは、同じように見えても違うんです。弥勒さんの性は?ですが、男性にたとえれば、あちらの弥勒さんに感じた背中の哀愁は、若い青年のものに近く、広隆寺の弥勒さんの背中は、清濁味わい、いい意味で少し枯れてきた男性のもの、という感じ。頼るなら、こっち?

 見て明らかに違うと誰でもわかるのは、お顔でしょう。ほっぺですよね。ふっくらと豊かなあちらのものにくらべ、この弥勒さんは大病でもされたのか、はたまたとんでもないお願いが相次いでいるためにやつれられたのか、すんなりとしたほっぺです。

 実は、創建当時はこの弥勒さんも、ふっくらほっぺだったそうです。それが、長い間にそうなっていった。ほかのお部屋で「この方」の事をお話させてもらってましたが、たぶんこの弥勒さんが木製だった分、そのように変化していったのでしょうね…。背中もそうかもしれないな…。

 ところで、弥勒菩薩信仰の本場はかの国なんだそうです(もっとも盛んだったのは新羅だそうですが)。そして、あの像の姿。さらに、創建当時はあれと変わらなかったらしい…となると、やっぱりあちらから来たものなのかもね…と改めて思います。やっぱり実際に並べて眺めたいですね…。できたら、後ろからも眺めたい…。

 そういえば、仏像関係の本に、「穏やかな微笑が魅力であるところは、この弥勒とヨン様は同じだ」などと書かれていたものがありました。「彼は、あちらから現代日本にもたらされた、弥勒菩薩なのかもしれない」とも。仏像の専門家の方にも、なかなか粋な方がありますよね。

 私がうろうろしている間に、弥勒さんにご挨拶されていた方が弥勒さんの前を立たれたので、今度は私が代わって弥勒さんの前に座り込みました。財布を開けたら、五百円玉しかない…。お賽銭五百円って…ーー;。一瞬ためらったものの(けちですか?)、勢いで「コロン」。そのお顔に見入ります。

 「ああ…」。思わずつぶやきました…。

 正直に言います。実は私、このお顔、以前は少し冷たく感じていたんです。とても美しいけど、この方にすがるとか、遠い昔にあったらしいけど、この方に惹かれて抱きつくとかいうのは、私はしないな~という感じでいました。

 ところが、今日は弥勒さんがとってもやさしく微笑んでくださっているじゃないですか。そう。何だかとてもやさしいんです。どうしたわけだろう…。ああ。さっきここに張り付いていた人の気持ちもわかるな~なんて思ったりして…。たぶん、弥勒さんではないのでしょうね。私自身が変わったんでしょう…。

 さて、弥勒さんの前におかれたお守りをひとついただいて、また頭をたれ、祈りの場所を立ち上がり、その後ろを振り向きます。観音様にもご挨拶しとかないと。私がこれまでずっと惹かれていたのは、実はこの弥勒さんの左斜め後ろに立つ、『不空羂策(けんさく)観音立像』の方だったんです。

 ここにはこの仏さまに逢いに来ていたという感じでした。今風にいえばイケメンな顔立ちに、威風堂々なモムチャン姿も素敵ですが、その仏さまは、私が心を通わせたと思えた(?)仏さまだったからです。だから、何かがあるたびに報告に来る。そんな感じだったんですね。

 その前に立ち、ふと気がつきました。観音様、羂策を持ってらっしゃる…@@;。「えっ?」と驚かれたそこのあなた。あなたも彼がお気に入りでしたか? で、私と一緒で最近はしばらく行ってらっしゃらないでしょう?

 この仏さまは、人の道を外れた人間をその羂策と呼ばれる縄で絡めとり、教え諭すのがお仕事なのですが、これまでその羂策をお持ちじゃなかったんです。いつからか、なくなってしまったそうで…(おいおい…ーー;)。よく見れば、欠けていたはずの彼のセクシーな指の一本(仏様にこんな言い方をするのは罰当たり?)も、きれいに継ぎ足されているじゃないの! これで安心して絡めとれますね、観音様~^^。あなたに教え諭してほしい人が、たくさんいるんですよね、この頃…(私もか?)。

 もしこれから行かれる方があったら、この観音様もちらりとでも見てやってください。なかなかですから…。それから、あの弥勒さんの隣にいらっしゃる小さ目の、見栄えの違う弥勒様も…。

 こちらは、宝冠をかぶり、ないているような顔から「なき弥勒」と呼ばれています。この弥勒さんもかの国からのものかと言われていますが、弥勒菩薩とはいえ、あまりに見栄えが違うので、この仏様は日本のものかもとも言われ、使われている赤松はどちらの国のものか、それでわかると、色々論争になっていたみたいですよ。

 どっちにしても、仏さまは仏さま。どこで作られたのかな~とかいう興味はあるとしても、結局は、国も年も関係なく、とにかくそこにいらっしゃることがありがたい存在。それでいいと思うんですけどね…。こんなことをいうと、仏像に詳しい方にしかられるのかな…^^;。

 

(画像は、霊宝殿を出たところで撮ったものです)