ルリユールおじさん

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 そこには、パリの街角があった。最新の…ではない。行ったことがなくても、多分誰の心にもあるだろう、「パリの街角」の風景だ。


 古いアパルトマンの階段をゆっくりと下りていく老人(多分、ルリユールおじさん)の足音。カフェのテラスで時を過ごす人や、通りを行く人、そこで店を開く人などの声さえ聞こえてくる気がする。


 そんな街角を歩く一人の少女がいた。バラバラになってしまったところのある、かなりいたんだ図鑑を抱えている。その足取りは、(私が思うに)とっととっと先を急ぐ感じなのだが、実は彼女は自分の行き先を知らない。街角のところどころで尋ね、ようやくたどり着いたその場所。そこは、傷んだ本を直してくれると聞いてきた、ルリユールおじさんの工房だった。


 本を直すことを快諾してくれたおじさんと、突然アカシアの話をし出す、好奇心いっぱいの少女、ソフィーのやり取りのほほえましいこと。おじさんがしてくれた手仕事のお話を、ソフィーはどれだけ理解したかしら。いや。してなくてもいいのかもしれない。彼女の本は(そして彼女の想いも)、ルリユールおじさんの「魔法」で救われるのだから。

 おじさん…というより、おじいさんの生きてきた証ともいえる、その手の素敵さ。そして、ソフィーと別れて一人になった彼が、モノローグのように紡ぐ、受け継いできた想い―。その言葉の重さ、そして誇り―。うん。いい…。


 話の本筋から外れるけれど、そのお話の中に、本の直し方の話が出てくる。それを読んでいてふと気が付いた。「そうだ、そうだった。私が小さいころに触れた父の蔵書は、そして買ってもらった本たちは、そんな風だった。そう。確かにそういう作りだった」と…。製本の仕方が、変わってきているんだなぁと改めて気がつく。こんな言い方はしたくないけれど、装丁から何から、「昔の方が」本に人のぬくもりがあったんだ。そして、思った。その頃のように、私は本を大事にしているだろうかって―。


 お話のあらすじにかなり踏み込んでしまったけれど、この本は絵本。その素敵さはその絵と文の二つが重なり合ってわかるものだから、ここまで話してしまっても、そう問題はないだろうと思う。私が触れた内容は、その包装紙のようなものだ。


 さて、あなたがこれを読んだとしよう。とすれば、物語の最後の言葉はきっと、心に気持ちよく溶けていくだろうと思う。でも、もちろんそれはここでは明かさない。内緒内緒…。

 そうそう。もう一言だけ話したいことがあった。おじいさんの名前ではなく、その職業を表す「ルリユール」という言葉には、「もう一度つなげる」という意味もあるんだって。「ルリユール」。素敵な言葉だ。


 この本を教えてくれた「あなた」に…、感謝!