K語録(下)

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さて、この前に続いての「K語録」(下)では、生き方についての言葉です。

1)「このままこっちにいってもダメだな」(中略)と感じたときは、方向転換すればいい。自分が決めた道ややり方だけが正しいわけじゃない。間違えた道を歩いたから出会えたラッキーだって、ある。

2)戦争によって生まれる痛みに優劣はないはずだ。悲しみを前にしたら、人種や国籍、敵味方といった立場の違いは。意味を持たない。

3)知らない世界、縁遠い世界だからと、心を閉じて対応していたら、新鮮な刺激を得ることはできないだろう。知らないことは恥ずかしいことじゃない。それを学べば自分の引き出しが増えるのだから。逆に知っていると勘違いしている方が危険なんだ。

4)大切なのは自分をさらけ出そうとする努力ではなく、認めようとする作業だ。自分を認められれば、自然と自分を出していけるし、素直になれると思う。

5)僕がグレーを好きになったのは、日本に来たからかもしれない。(中略)それはとても美しいメンタリティーだと思ったのだ。グレーの良さがわかったのは、僕がイエス・ノーの国、韓国で育ったから、とも言える。そう考えると、グレーの良さに気づけたのは、ふたつの国を知ったからこそ。そんな自分の歩んできた道を、誇らしいと思えた。


この前と今回書いてきた言葉だけでも、「あ~。そうだよね~」と思ったり、「なるほどね~」と感じませんか? 

本の最後は、兵役に就いたことで、距離のあったお父様の心に気が付いたという話や、生きている間やさしくしてあげなかったおばあさんが亡くなった後、「あっち(あの世)に行ったら、渡してやるんだ」と、おばあさんへの手紙を書き続けているおじいさんの話などが出てきて終わります。それまでの話とはまた違うジーンを味わって、私は本を閉じました。いい本でした、とても…。

読み終えて私最初に思ったのは、先々回の記事で書いた通りですが、さらにそのあとで思ったのは、「あの子」のこういう本が読みたいということでした。あのドラマの後、あの騒動に何を思い、それからのあれこれの何を感じ、これからどう生きたいと思っているのか…、そんなものを読んでみたいって。もちろん、書けないこともあるかもしれないし、そんなことさせたら、またとんでもないことになってしまうってこともわかってます。そして、趣旨は違うけれど、そのところどころに心情を読み取れる「ハナヨ」がすでにあるってことも…。そして、残念だけど、よっぽどのことがない限り技術的には無理だろうということも…。

技術的に無理っていうのは、「あの子」の場合は、訳者が間に入るということです。忠実に訳してくださっているだろうとは思うけれど、やはり同一人物の言葉ではない。そして、編集者の手も入る。そうなると、さらに彼の懐から離れていく…かもしれない。そのまんまに触れたい。でも、たとえば、私たちが、もしくは彼が、これから相手の国の語学にどれだけ堪能になったとしても、完全に血の通った言葉を書き、読むことはできないんじゃないか…。そのことを言ってるんですけどね。

もちろんこの本にも、当然編集者はいます。回りくどい表現を直したり、誤字を修正したり、いらないところをカットしたりもされているはず。でも、K君が本の中で書いているように、「社会人として大人として大切なことを、日本語でたくさん学んだ」彼が、日本語で書いたから伝わる情緒があるように思うんです(そして、その人の書き癖もわかるしね…)。

世の中のみんなが、心で話せたらいいのにね。そしたら、おかしな誤解や自分勝手な思い込み、偏見さえも、その中のいくらかは解けるかもしれない。そのまんまに触れられるから…。

…なんて、ね。