伊勢神宮ヨン百物語(みっつめの出会い)

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倭姫宮(やまとひめのみや)は、外宮と内宮の間にあって、神宮美術館や祭祀のあれこれを見る事が出来る徴古館など、いわゆる神宮を知る事が出来る「箱物」が集まった所にあります。この徴古館、かなり興味深いものがあるらしいので、いつかまた訪れてみたいと思っているのですが、その徴古館前のバス停に近い鳥居から入って行くと、表参道から行ったら必ず上らなければならない石段はないし、100メートルも歩かないでこの倭姫宮の拝殿に行き着く事が出来るんだそうです。

ところが、この鳥居のところは、早朝には開けられてないんですね。しかたなく表の鳥居から入ってくと、拝殿までかなり距離があり、木々がうっそうと茂る参道が続いていました。

その参道を歩き出してすぐ、気がついた事がありました。セミの声です。伊勢のセミは、鳥取のセミよりうるさい(笑)。これは、私が感じたことですが、それでも、場所によって違うんですね。二つの間にそんなに距離があるわけでもないのに、猿田彦神社のセミの鳴き方とここのは全然違う。そこに茂る木々の種類なのか、川や池などの水源が違うせいなのか、ここのセミの方が穏やかな感じでした。セミがたくさんいそうなのは、断然こっちなんですけどね。

ここには、猿田彦神社にあった開放感はありませんでした。まるで逆。透明のドームでふんわり包まれている感じ。面白いもんだな~と思いながら、うっそうとした木々の間を進んでいきました。

その社殿にいたる石段。少しありますが、いい雰囲気でしたよ。考えてみると、これを味わうには長い表参道を歩いてくるしかないですよね。ひざが悪い方には、ちょっとだけ厳しいかもしれません。

そこには誰もおられませんでした。社務所の窓は開けられていましたが、そのときは神官さんの姿はなくて、セミの声だけの空間でした(帰りにはおられました)。拝殿に進み、お約束どおりに二拝二拍手。ぶつぶつ小さな声でお話して、そっと手を合わせていたら、右に左にと穏やかな風が過ぎていきました。

実は、この倭姫宮について、来る前に調べて、ちょっと引っかかっていた事があったんです。伊勢のことを書き始めた最初の辺りで書きましたが、日本のいろんなところを巡り歩いてこの伊勢に神宮を造ろうと決めたのは、ここの祭神である倭姫さんです。そして彼女は、2000年の時を経てもベストオブ神社であり続ける神宮の祭祀の元を作り上げた人です。

神宮の別宮ではないけれど、二見の海に向かった社殿に彼を祀る社殿があり、その前の海で禊の沐浴をしてから神宮に参拝する習慣があったということは、神々がこの地上に降り立ったとき、その道案内をしたという猿田彦さんは、以前からちゃんとお祀りされていたということになります。なのに、この倭姫さん、大正時代までその御霊におさまっていただく社殿もなかったらしいんですね。ここの創建は大正時代。それも、彼女を慕う伊勢の住人の方の進言により出来たっていうんです。何だか、えらく扱いが冷たい感じがしませんか? 話は少しずれますが、実は彼女、卑弥呼ではないか…という説があるそうです。もちろん、一説としで、ですけどね。

そうそう。帰ってから調べてみてわかったことですが、神宮の東京出張所である東京大神宮には、いつからかはわかりませんでしたが、この倭姫さんがちゃんとご祭神の一柱(という言い方をするらしいです)として収まっていらっしゃるようです。