次はない

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以前ちょこっと触れたことがありますが、私の母方の叔母がこの秋胃がんで手術を受けました。幸い初期だったので、命にかかわるようなことではなくて、今は食事の不便を嘆きながら普通の生活しているんですが、母にはもう一人姉がいて、明石に住んでいるんです。

比較的近場なのですが、叔母には心臓に持病があり、一人では帰ってこられない事情がありました。いえ。帰ってこようと思えばそうできるのですが、もし途中で何かあって、人に迷惑をかけたら…と思うのと、本来なら一緒にお見舞いにと思う従姉夫婦が、多忙で思うように動けないことで、そう思っているらしいんです。

帰って見舞いたい…という気持ちがあるけれど、そうできない。その分、私や母に迷惑をかけていると思うらしく、このごろ再三電話をしてきます。で、決まって、「私が帰れればいいんだけど…」と言うんですね。

今朝もそんな電話がかかりました。で、おばのその言葉のあとで、何気なく言ったんです。「今度、暖かくなったら帰ってきたら? 一人が心配なら迎えに行くし…」って。叔母は言いました。「あんたたちの頃は、そう思えるかもしれないけどね、私はあんたのお母さんよりだいぶ上。里の姉はさらにだいぶ上…。私たちの年頃になって、持病をもってると、もう今度はないかもしれないと思うのよ。どんなに会いたくても、もう会えないかもしれないって…(涙)」と。

その言葉に、どきりとしました。いや、そうなるときのことを想像してとか言うのではないんです。昨夜の落選のことです。

 …といってもわかる人は少ないかもしれないですが、それはとてもそっけない落選通知でした。就職試験の不合格通知のような…。時間的に無理そうだけど、一応応募しとくかと思った私ですら、だめだったか~と思ったのですから、期待して期待して待っていた方には、かなりのショックだったと思います。いや。落選が…ですが…^^;。

 実は、私には遠い昔、「残念ながら…。あなたの作品は…」とかいう同じような落選の知らせをもらうことが多々あり(^^;)、この手の通知にはかなりのトラウマがあるのです(最終選考まで残ると電話でですが)。もう忘れてもいいようなトラウマが、今回一気によみがえってきて、それを見た後、とてもいやな想いになりました。それと同時に、今回のは特に狭き門だったようだとはいえ、これまでここに申し込んで一度も落ちたことがなかったんだということを改めて思い(苦い思い出をよみがえらせてしまうような危ない?橋を、何も思わず何度も渡っていたんだなぁとも思い)、何度も辛酸をなめていた方もあるだろうということにも思い至りました。

 それに関係したある方のコメントに、「年配の自分には、次があるかどうかわからない」というようなことが書かれていたものがあったんですね。その言葉を思い出したんです。その言葉は、病気のために少し弱気になっている叔母の涙ながらの想いと重なる言葉だったのではないかしらと…。

 話は少しずれますが、遠い昔の落選時、いつものように(^^;)落ち込んでいた私の元に、一通の手紙が届いたことがありました。その手紙には、実は選考会に出される前は一番評価が高かく、さらに一番人気でもあったのは私の作品だったということと、選考会で交わされた有名選考委員の方の言葉が記されていました。それを参考にするようにというのです。これを示すことがどういうことか、つまりどれくらい期待しているかをわかってほしいと書かれていたんですね。

 私の気持ちの「悪い連鎖」はそこで終わりました。本当は期待されているのだ、ということがわかったから、という事はもちろんありましたが、それを教えてくださった(実は選考の責任者だった)方の想いが伝わったことがいちばんの理由です。間違ったことは何一つされていないわけで、そっけない落選の知らせだけで、ほっておいてもいい相手への、想いの込められた暖かい言葉でした…。

 落選するのは仕方ないことです。でも、そこに一片の思いやりの言葉(あるいは、これからの期待できる展望とか…)があれば、「次はない」と、そんな風にまでは思われなかったかもしれない。それが辛く思えました…。いや、案外、悔し紛れにそう言われただけかもしれないですけどね。それなら、その方がいい。そうであってほしい。そう思います。