『光と風の間(はざま)で』総本家

総本家なんで、あれこれあります

あわただしさの理由

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 今日を含め、あと3日かぁ…。今年いただいた地区の役員の仕事も、今日をふくめてあと2回(1回は来月)となり、「今年はホントにあわただしかったなぁ」とやっと実感を持って振り返ることができるようになりました。

 7月8月と、何もしなくていい日が10日もなかった月もあった(特に8月は一週間だけだった)地区の仕事や自分の仕事のほかに、実は、親族のことがあったんです。秋の初めごろ、「あなたねぇ、女性に年を聞くもんじゃないのよ」と、年齢を聞いた人に説教する母より一回り以上年上の母の長姉が、突然倒れたんですね。めったにひかない風邪をひいたのがきっかけでした。

 亡くなった叔父(叔母の旦那さん)の療養のため、山里にある実家を離れて住んだ市街地のマンション。今はそこで一人暮らしをしている叔母の元へは、車で5分ほどのところに住んでいる従姉(叔母の娘)が時々様子を見に行ってはいたんですが、それをうっと惜しがるほど、とにかく元気。

一度胃の手術を受けたものの、その後はそれも快癒して、何があっても食事は欠かさないという人が、まったく何も口にしなくなってしまったんです。

 叔母は、従姉の婚家が耕作をやめていた畑を借りていて、畑仕事をやっていました。今年の40度近い炎天下のもとでも、いくら止めても「することがないから」とその畑に通い、野菜を作っていたんです(それも、リュックにおべんとを詰めて、ひとりバスで通っていた)。そう。この秋の初めの冷え込みの頃まで。それが、何も食べなくなり、床についてしまったんですから、もうこれまでかとだれもが思ったんですね。

 ところが、それもひと月くらいですっかり回復。前より元気になったんです。みんなが良かった良かったと思ったのもつかの間、突然認知症の症状が出始め、叔母は転がるように変わり続け、自分がわからなくなっていきました。今では、介護している従姉が誰だかわかっていないよう。もちろん、それだけではなく、排せつのことを含め、いろんな騒動を起こすようになりました。というか、すべてがそんな状態のよう。

 その、わりと最初のころだったでしょうか。前に書いた理由で私はほとんど動けないので、母は何度か従姉と連絡をとりあっていたのですが、介護にいらだっていた従姉ともめたことで、母は俗に言う「へそを曲げた」状態になり、叔母のところに行かなってしまったんですね(実は、関西に住む母のすぐ上の叔母も同じことをしていて、同じように怒鳴られたと、あとで聞きました。従姉はあっちこっちに何だかんだ言われるのにキレたようなんですね(やり方はともかく、やはり認知症だったわが家の祖母や、数年前に亡くなった父の療養のときのことを思うと、従姉の気持ちは私にもわかります)。

 今では、お互いにご機嫌も治り、連絡をとっているんだけど、ほんっとに、これの間に立つのにどんなに大変だったか頑固ものぞろいなんです、母の家系(私もかぁ?)。そのあと、母も風邪をひいたりしてしばらく行けずにいたんですが、今月初め、もうすぐ孫が誕生して忙しくなる従姉ではなく、長男である従兄から突然電話があったんです。

 慣れない土地に連れていくのもと二の足を踏んでいたけれど、幸か不幸か、叔母が何もわからなくなっているので、今自分が住む岐阜に連れていくことにした。今いたあたりで施設をさがしたのだけれど、子供がそばにいて、叔母のような状態の人は待たされる時間が長いそうで、いつ入所が叶うのかわからないというんです(需要と供給が釣り合ってないんですね)。

叔母の面倒をみている従姉は、精神的にも肉体的にも限界が来ている上に、孫のこともある…というのも、時期を急いだ理由のようです。そんな中、ちょうど従兄のところから近い、お医者様付きの「公的施設ではない施設」が空いたので、そこに入所させることに決めた、というんです。

 体の方はとても元気ですが、多分連れて帰ってくることはもうできないだろうということで、年末までに一度会いに行こうと思っていたところに、母の従妹さんから電話が…。叔母のマンション近くに息子さんの家があるその従妹は、叔母のところに寄ってくれたそうなんですね。その従妹さんは電話でこう言いました。「どうしても会いたいというなら止めないけれど、あんたのお母さんのためには、会いに行かない方がいいと思うよ」と。

 「あんなに元気で…、あんなに賢くて…、あんなにやさしくて、私のあこがれだった。おばあさんになっても上品できれいだった人が、あまりに変わり果てていてショックだった。哀しくて、泣きながら帰ってきたんだ」と、涙声で言われるんですね。「私がこれだけショックだったんだから、あんたのお母さんのショックは計り知れない。いいときの姿を憶えておいてあげた方が(叔母にとっても)幸せだと思うよ」。

 事情を聞き、電話で叔母の声を自分で聞いて、それを確かめた(というか、まともな会話にはならなかった)母は、会いに行かないことに決めました。母のすぐ上の叔母も、ここにきて、やっと時間が取れるようになった私も。薄情かもしれないけどね……。そして叔母は、私の記憶の中の叔母のまま、昨日従姉夫婦とともに、長男のもとに旅立ちました。