過ぎ去りし日々

イメージ 1

 昨日、思わぬ便りが届きました。亡くなった父の上司だった方からです。

 父が、在籍した会社に入社した当時からお世話になった方で、その方が退職されてからも親交はあったのですが、奥様をなくされた後、娘さんのおられる大阪に住まいを移されてからは、その便りも途切れがちになっていました。亡くなった年には、お年賀ご遠慮のお知らせをさせていただいていたのですが、それは今回の場所とは違っていました。

 老人施設から届けられたその便りは、乱れた字で書かれていました。言わんとされていることは理解できても、文章を完全には読み取れないものでしたし、表書きはまったく違う若い文字で書かれていました。その方の状態は、それで十分に推し量ることができました。

 それは、何度も何度も父に「今すぐ会いたい。会いにきてくれ」と伝えています。それに続く、「一刻も早く」とか「頼むから私の気持ちをくんで…」という言葉は、その方がそれを書かれたときに、どんなに切実な想いだったかを教えてくれていました。

 実は、その様子には覚えがありました。以前お話したことがあったと思いますが、私の父方の祖母は認知症をわずらっていました。それも、亡くなる少し前に骨折して入院したときには、「よくこれを自宅でみてこられましたね」と、担当の先生がため息をついて首を何度も横に振られたくらいの、重度の認知症でした。その祖母が同じことをしていたんです。

 祖母は、相手の方に来てほしいとは書いていませんでしたが、文字の乱れも、文面の混乱も…、同じタイプのものでした。両親にはその相手の方に覚えがなく、親戚の方に聞いてみると、祖父母が新婚の頃、祖母にきつくあたっていた隣の老婦人だということがわかりました。話を聞いたのはこちら側の人なので、実際そのとおりだったかどうかはわかりませんが、かなり理不尽に色々なことをされ、言われていたのだそうです。

 そういわれてみると、その文章がどんな気持ちで書かれたかが見えてきました。祖母は、「あなたにいじめられて悔しい想いをしたけれど、今はこんなに幸せなのよ」と、かなりに誇張しながら、その時代の自分に戻って、その方に伝えたかったようなんです。

 住所も怪しいその手紙を出すことはしませんでしたが、その時に気がついたことがありました。人は「そういう時」を迎えたときに、よきにつけ悪しきにつけ、自分にとって「いちばん印象的だった時」に戻って、「そのこと」を思い出すようだ、ということです。祖母にとってそれは、一生消せない出来事だったのだと思います。

 そして私、さらに思ったんです。どうせだったら、最高にうれしいことを覚えていられるように生きていきたい、って…。どんなに理不尽でも、心に不穏な苛立ちや憎しみなんか、置いておかないこほうがいい。なかなかできないかもしれないけど、さっさと放り出すようにしよう。やりたことをやろう。できないと決め付けず、時間がかかっても、とにかく、って…。それは、祖母が身をもって教えてくれた教訓でした。

 父に手紙を下さったその方は、何を話したかったのでしょう。いいことなのか、そうでないのか…。ともかく、施設の方に手紙を書きました。この先手紙をいただいても、父はもういませんから。その方がショックを受けられるようなら、伝えないでほしいと言葉を添えました。案外、今は忘れてらっしやるかもしれないな、とも思いましたけどね…。

 『会いにきてほしい。頼むからすぐに会いにきてほしい』

 その文字が、しばらく心を去りませんでした。