ギフト

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 さっき、いただき物をしました。なんと、『ピラティス・ダイエット』と言う、CDつきの本です。ようやく傷跡は落ち着いたものの、まだひどい打撲のあともあったりして、ウォーキングに出かけるのをためらっているわたしには、「オー・マイ・ガー!」です。
 それは、実はその人からの使いまわしの本で、「お腹の辺りがしまる」だの、「体の軸がちゃんとする」だの、「CDが付いていて、トレーナーのことばを聞きながらやれる」だの、「ハートにも効く」だの講釈を聞かされました。「おお、それはいい」とは思ったものの、どうも腑に落ちないことが…。それは、彼女の体…。
 「どれくらいしたら、効果が出るの?」と、はっ倒されるのを覚悟で聞いてみました。その答えは、「わかんない…」。「はぁ?!」。思わず叫びましたよ。つまり何のことはない。やってみようと思って買ったものの、やってなかったのです。で、たぶんずっと使わないと思ったから、くれたわけ。説得力なーい。
 でも、これを邪魔なもらい物とするか、「これがあって、人生変わりました」とするかは、案外わたし次第かも、と思いなおしました。とにかく、人生、何が起こるかわからないんだから…。案外これは、神様からの贈り物かも…。年初めに、出雲大社に行ってよかった…って、単純? 
 でも、振り返ってみると、思ったまま置いたままにしてること、わたしにもたくさんあリます。話すのはともかく、9月までに(!!)理解できるようになりたいと思っていた韓国語も、同じ理由でちゃんとやろうと思っていた英語(これは、あせらない…笑)も、ほったらかしでした。わたしが出来るようになったのは、ハングルの日本語表記だけ(でも、京都で番地の標識にかかれた、ハングル表記が理解できたときは、さすがに感動したけど)。ほんとは、そう思ったって事は、もっと早く「素敵な贈り物」に出来てたかもしれないのにね。反省…。
 ずっとやってるわけには行かないけど、やっただけは、自分に残る。そう思いながら、少しずつやってみようかな。