「いい」が無理なら「×」な方

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 「大掃除」のサインが頭の中で点滅する12月。久しぶりに聞いた女子高生の会話に「確かにそうだ」と思ったことがあったので、ちょっと書いておきます。どうぞ、その女子高生がこれを見て、「それは私のプランだ!」と抗議してきませんように!(ないか…^^;)。

 それはショッピングセンターでの出来事。右腕の不調があって、なるべく人が少ない時間にささっと買い物をするようにしていたので、他の人の会話が耳に入ってくることは最近ほとんどなかったんですけど、来年の手帳を買いに寄った本屋さんで、本棚の前にいる2人の女子高生の会話が耳に入って来たんです。


 「だから~、ときめくのがわかんないなら、あっても絶対ときめかないものを捨てればいいじゃない」


 自分が読んでいたからそう感じたのかもしれないけど、少し前に流行った、近藤麻理恵さんの片づけの本の内容について語っているんだと思いました。なかなかに片付け心を刺激する本で、全部その通りにはしなかったけど、私もそれに沿ってかなりのものを片付けることになった、そのきっかけをもらった本でした(きっかけは、もう一冊の本にももらいましたが)。

 その本は、「自分がその物に触れてみて、ときめくかどうかで残すものを決める」というやり方を勧める本です。著者の近藤さんは、その本の関係で外国でもご活躍のようですね。私の想像だと、言葉の主はそのやり方で片付けることに成功(?)し、話を聞いている方の子は、うまくいかなかったんじゃないかしら。


 「あるでしょう? ぜ~たいいらないと思うもの。ない?」
 「あるある。いっぱいある」
 「それを捨てる! まず捨てる!」


 このやり方、案外当たってるというか、いいと思います。あんまり物がありすぎると、どう片付けていいかわけがわからなくなりますからね。それは、ときめくとか、ときめかないとかではなく、父が亡くなった後で、父のものを片付けようとして途方にくれた経験から思うことです。とにかくとっておくタイプの人だったので、最初のうち、どこから手をつけていいのかわからなかったんですよね。ありすぎる…というのは、そういうものだと思います。

 それ以外の、たとえば心が疲れ果てているときもそう。そういうときって、ときめくものを残せと言われても、ときめくってことさえわからない。「ときめく? それって美味しいの?」って感じ…。物がありすぎるときも、心が疲れ果ててしまっているときも、よけいな物を処分してみるってのは、いちばんいい…とは言えないかもしれないけど、やりやすい方法だと思います。で、それをやったら、何だかんだやろうとせず、すこし休む。美味しいものを食べて、面白いテレビ…はないから(あるかたは、どうぞ見てくださいね)、とにかくしっかり寝る…とか、聞きたい曲を聞きまくる…とか。そしたら、新たに見えてくるものがあるかも!

 たとえ家族でも、人の物を処分するのは違うと思うけど、自分の物を片付けるときは、この話、ちょっと思い出してもらえたらと思います。まだ完全には右腕が自由にならない今年の私は、これでいきます。少しは心を軽くして、来年を迎えられるかもしれませんから。目的は、これ!

 




※画像は、今年の秋再び行くつもりだったのに、けがで行けなかった大山の大神山神社奥宮の参道。