国を背負うということ

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 昨夜のSMA○の北○でのコンサートに関わるニュースを見ていて、期せずして、国の期待を背負う形になってしまったらしい彼らをちょっと複雑な気持ちで見ていました。

 国が違っても、彼らを好きな人たちと彼らが、ひとつの場所でときを過ごし、触れ合うこと。そのとき見せられる限りで、いちばんのパフォーマンスを見せて盛り上がり、一体感を味わうこと…。それが本来のコンサートの目的のはず。もちろん、震災の援助のお礼とかいう意味もあってだとは思いますが、ちょっときついよね…って…思ったりしたんです。もっと楽に…というか、初めての海外公演を、コンサートに集中してやらせてあげたかったなぁ…って(なぜか、自然にやる側の方に肩入れ)。

 ただでさえ、国が違うところでのコンサートの準備は大変でしょう。その場に行ってみると、あれこれ違う条件も出てくるかもしれない。観客の皆さんに喜んでもらえるだろうかという想い…。そういうのだけでもヘビーだろうのに、その上に、国のお偉いさんたちとお会いして、とんでもないところで記者会見…。負担だったと思うな~。

 「それだけ彼らに期待するところが多い」というニュースの解説の方たちの話に、「S○APに頼らず、自分ら(あっちやこっちの政治家さん)でなんとかせ~よ」と、手作りの梨ケーキを食べながら、思わず突っ込む私。それに、そういうことって、後押ししてムーブメントを起こすものとはちがうんだよ~って、どこかで思ってもいたりするんですよね…。

 それでも、今朝そのニュースのかけらをネットで見ていたら、彼らのこちらのファンの人たちが、コンサートの内容がツイッターや写真記事で送られてくるのを、同時進行でパソコンに張り付いて見ていた…というのを拾って、なんだか「仲間な気持ち」になりました。「そうそう。わかるわかる。そんな風だよね~」って。例え誰のファンでも(時に家族とも言う)、結局おんなじなんですね。がんばれ~って思いながら、それをみつめている気持ちって…。

 だから、よけいに思うんです。もっと楽にやらせてあげたかったなって…。