見ることの効用

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 上の一言メッセージにも書いてますが、来月の4日は何か新しいことを始めるといいという新月です。そして、古くは「この日から新しい年」とされた立春。その上なんと、その旧暦の元旦でもあるという、「トリプルスタート日」といってもいい日のようなんです。予期のために、今年初詣に行けなかった私は、この辺りに行けたらいいな~と思ったりしています(注:旧暦の元旦は2月3日でした。お詫びして訂正します)。

 年の初めに、拝殿の前で頭を垂れ、願いを念じながらおみくじを引き、自分の願いにふさわしいお守りを買うというのが、ありがちな初詣の風景だと思いますが、お守りというのは、肌身離さず持つといいとよく言われますよね。このごろでは、それ用のもできていますから、携帯のストラップとしてつけておく…とか、いつも持つバッグの内側に付けておくといいとかいうのも聞いたりしますが、それを持ち歩くことの効用は何だろう…とあるときふっと思ったんです。

 お守りなんて気休め程度のもの…と買わなかったり、そう思いながら買っている方もあるかもしれませんが、案外そうじゃないかもしれないですよ。携帯につけるにしても、バッグの内側につけるにしても、肌身離さずというのでも、それをつけてお風呂に入るとかいう人はないでしょうから、洋服を脱ぐときや着るときにそれをつけはずしするでしょう? それを必ず見るはずなんです。

 もちろん神様のご加護を信じて、というのもあるでしょうが、もうひとつには、それを「見ること」に意味があるのかもしれないと思うんです。それを見て、そのときの想いがよみがえったりするときもあるかもしれないし…。

 どんな嘘でも、100回言えばほんとになる…なんてことばがありますよね。嘘でなくても、それを見て時々想いを新たにしていると、もしかしたら願いは届くのかもしれない…。深層心理の面からも、ふとそんなことを思ったりしたのです。