『光と風の間(はざま)で』総本家

総本家なんで、あれこれあります

美保神社奇譚(その2)

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以前の伊勢参りの時にも書いたことなので、覚えてらっしゃる方にとっては二度目になりますが、ちょっとお参りの勉強をしておきましょう。
 
神社の拝殿でお参りするときには、「まず自分の住所・氏名を述べること」、というのが大事なお約束なんだそうです。まっ、確かに、どこの誰だかわからないやつに、「願いをかなえてくださ~い」ってだけ言われてもねぇ…。「神様なんだから、わかってよって言われても、そこをちゃんとするのも、頑張るのもあなたでしょ」と言われそうです。
 
前にそんなことを話したことがあったかもしれないけれど、誰かの願いがかなうのは、その人の強い想いがあってこそだと私は思っています。神様に頼ればそれでいいってもんじゃない。もしそれだけでかなったのなら、お願いしたこと、そのものよりも、その人の願いが強いものだったからだと思うんです(もしくは、いい感じでつなぎがあったのかもね)。
 
なら、強い想いがあれば必ずそれでかなうのか、といえば、かなう場合もあるし、そうでない場合もあるだろう…と思います。その、そうでない場合に有効なのが、こういうお参り(祈り)じゃないですかね。
 
その1でも話したけれど、そう感じやすいわけでもない私でも、すべての神社ではないけれど、前からの強い勢いのある気…とかいうものが確かにそこにあると感じる。ということは、「何だかの普通じゃない場所」なんだろうなって思うんですね。更には、そこにおられるとされてる神様のあれこれを知ると、「なるほど。だからか~」と思えることに出会ったりもする。
 
それゆえに、「その存在」はあるかも…と思うんです。そんな場所で、気持ちを決めて、名乗って決意表明。で、そこの住人(住神か?)に、「あ~。コイツは本気だな~。よし、わかった!」って思わせられたら、そのバックアップを受けられるんじゃないかしら…ってなことを思ったりするんですよね(思い通りの出来事が訪れなくても、結果的に良い方向に進んだとしたら、それもバックアップの一つでしょうし)。
 
 
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ここの神社、壁がありませんよね。
 
そうそう。もう一つ、これお伊勢さん参りの時にもちょっと話しましたけど、「お守り」のことがあります。お伊勢さんのことを調べているときに出会った内容なのですが、「お守りは、パーソナルデータのないパソコンのようなものだ」というようなことが書いてあったんですね。これ、なるほどな~と思った話でした。
 
たとえば、恋愛関係の縁結びのお守りとしましょうか。で、「うまく想い人と結ばれるように」ってデータは、とりあえず入っているわけです。でも、肝心のところが入ってないというんです。
 
簡単なところでは、持つ人はだれか。そして、その相手は、付き合ってる人か、ひそかに思っている人か、まだ出会ってもいない人か。それぞれに条件が違いますよね? もっと言えば、付き合ってる人がいるとして、それは一対一の関係か、何股とかか、そういうのを通り越して、とんでもない泥沼の関係だったりするかもしれない。そういうのでも違いますよね。
 
お守りはモバイル末端のようなもの。だから、そのまんまじゃ、自分のデータの設定がしてないのを後生大事に持って歩いているのと同じ。じゃ、どうすればいいかといえば、神社に出向いた時に、「お邪魔します~」と神前でご挨拶してからでも、まずお守りをいただき、それを持って再び拝殿に。そこで改めて、想いのほどを伝えればいいということだそうで…。そうすると、ちゃんと機能する端末になる、というんです。それを時々見るだけでも、自分の想いの再確認になるという話もありますけど、なるほどね~のお話ではありました。
 
おみくじもね。えいやっ!って、何にも考えずに引くよりも、「これからおみくじ引きますので、私が心がけておいたほうがいいことを教えてくださいね~」と拝殿のほうを見ながらお願いして、コミュニケーションをとりながら引いた方がいい…なんて話もありますね。
 
まっ、それを実践しなかったとしても、どういうわけか気持ちいい場所だったりするんですけどね、こういう神社って…。片隅で、ぼ~っとしてるだけでも、元気になれます。
 
そうそう。おみくじ、引いてみました。「果報は寝て待て」だそうです。
 
 
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拝殿にいた「あ・うん」のうん君の方です。
 
 
 
 
(その3に続く)