エール

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 この間JRに乗りました。人の流れに沿って、階段を下りようとしたとき、ふっと思い出した光景に、思わず足が止まったんです。
 実は、私の足の左のひざ小僧の少し下には、横一文字に大きな傷があります。といっても、今ではよっぽど側によっても、そしてじっくり眺めても、一本の線くらいにしか見えないと思いますが…。
 かなり前に、家の階段から落ちたんですね。ちゃんと持って下りておけばよかったものを、階段途中にワープロ(その頃は)を置いたまま、忘れ物を取りに二階に上がり、階段を下りようとしたところまでは覚えているのですが、気がついたら落下していました。
 立ち上がってみると、何とひざの下がぱっくりと大きく口を開けているじゃありませんか。落ちただけならまだしも、ワープロを落ちる途中に蹴っ飛ばしていたようなんです。ですから、ワープロもかなりの壊れようでした。
 
 あわてて、近所のお医者に行ったら、「うちでは無理」とすぐに総合病院を紹介されました。で、当然のように、緊急手術。それからしばらくの入院をへて、通院ということになったのですが、寝ているわけではないので、交通機関を使ってでも仕事や用事のために出かけなければならないこともありますよね。ところが、出かけてみると、それまでは走ってでも上がれたJRの階段が、ゆっくりでないと上がれない。人に抜かれていくさみしさ、自由の利かない体で持つ荷物の重さ、そして、駅によって上がりやすい階段とそうじゃない階段があると思い知ったのは、そのときでした。
 それ以上に愕然としたのは、階段の上から、下を見下ろしたときです。その階段が、果てしなく遠く思えて、目がくらみそうになりました。その光景を思い出したんです。

 仕方のないことだけど、人は理屈でわかっていても、実際自分が経験したほどには、相手の気持ちがわからないですよね。それまで、駅で手を貸したいな~と思っても、恥ずかしくて出来なかった私が、今では「上まで荷物持ちましょうか」なんて、平気で声をかけてる。その大変さは、かっこなんて気にしてられないものだとわかったからです。もちろん、物と相手を見て言わないと、「持ってくのか!」という顔をされてしまいますけどね(笑)。

 たぶん、私にはそれを知る必要があったのでしょう。体の傷も、心の重さもつらさも同じ。必要だから、出逢うのかもしれません。もっと素敵な自分になれるように。今大変な想いをしている人に、「がんばって」じゃなく、「そのうちに、絶対いいことあるよ!」。そんなエールを送りたくなるときがあります。もちろん、これも時と場合によりますが…。