手紙に還る

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memotyodakedo




 父が亡くなって10年になりますが、今も前と同じ頻度で交流のある父の友達があります。娘さんはお嫁に行かれ、ご自分が御病気がちなこともあって、娘さんに最期のあれこれで困らせないようにと(ご自分がそう言われていました)、早くからご自分の実家の菩提寺にご夫婦の永代供養をお願いされていたし、80才になられたときの年賀状には、「この年を最後に年賀状のやり取りをおしまいにさせていただきたい。年ですね。年賀状を書くのがつらくなりました」との言葉が添えられていました。

 それでも、仕事がらPCは達者に使いこなされていたんだけど、「使っているPCの調子が悪くなったので、これを機会にこれからは手紙を書いてみることにした」とのお便りが届いたんです。お返事を書こうとして、気が付きました。最近ちゃんとした手紙というのを手書きすることが極端に少なくなっていたせいで、気の効いた便せんや封筒が手元にないことに。

 買いに行ってみると、手紙を書くことが少なくなってしまった今でも、素敵な便せんや封筒がけっこうあるんですよね。100均のだって侮れない。相手によっては(絵柄の愛らしさや楽しさを面白がってくれる人なら)、結構使えそう。


 さて、どれにしよう。わくわくしました。そして、お返事をあれこれ考えながら文章を書く時間。なんとも、まったりした気持ちよい時間です。で、ふっと思ったんですね。いつからだろう。便せんや封筒を探す楽しさや、こんな時間を味わわなくなったのはって…。


 さて、実際に手紙のやり取りをしてみると、これまで極端なときにはチャット状態でメールのやり取りができたので、意思の疎通にとんでもなく時間がかかる気がします。いや。実際にかかってますよね。手紙がちゃんと届いたかなぁなんて思いを巡らしたりもするし…。でも、こういうもどかしい時間が普通だったんだよね、昔は。

 それに、手紙だと、本人がこれを持ちださない限りは情報が漏れる心配もない。けっこういいセキュリテイ管理システムじゃない?…なんて、一転世知辛いことを考えたりもした出来事でした。