作り手の場所

イメージ 1

 『四月の雪』という映画を2回半見て(アクシデント込みで換算すると、そんなモンでしょう)、わたしは、まだまだこうという意見を持ちあわせていないように感じます。
 その中で、ふっと気がついたこと。ソヨンという人はそこにいるのだけれど、何故か、だんだんと私にとって背景になっていくような…。何故でしょうね。あんなにうまい女優さんなのに…。逆に、だから、なのでしょうか。また、感じ方は変わるかもしれません。

 それとは別に、OSTについているDVDを見ていて、作り手の場所ー。ふっとそんなことを思いました。
 ヨンジュンさんと、ソン・イェジンさん、ホ・ジノ監督ばかりがクローズアップされるけれど、この映画の中には何人の作り手がいたことか。「もう。やめちゃおうか」と思うほどに追いつめられながら、ボーカル入れをしてた姿(そう。何十回もやってたのは、ヨンジュンさんばかりじゃなかったのですよね)。そのあとの、あどけない笑顔。

 曲づくりに、楽譜を前に悪戦苦闘される姿も、当然想像されますよね。照明の当て方、音声のバランス、音楽の入れ方、あの美しいラブシーンにだって、仕上がるまでには、きっと何度ものディスカッションがあって、いくつもの悪戦苦闘がある…。

 もちろん、多くの映画がそうなのでしょう。そんな風に思うと、映画って、たいせつな宝物を見せてもらうことのように思えます。

 自分だけの感じ方でもって、それを駄作の一言で片付けたり、悪い評判を選りすぐって、真偽のほども調べずに記事に出来る人には、そんなことは意味がないのでしょうね。まして、たった一行自信を持って書くために、本を何冊も読み、それでやっと自信が持てて、その一行を書き出すとかいう想いも、ものを著す人でいながら、わからないんだろうなぁ。ついでに、誰かが傷つくなんてことは意に介さない人なんだろうな、なんて思ったりして…。

 どんな映画にも、人の数だけ見方はあります。つまらないと思うのも自由。でも、少なくとも、影響力を持っている人が、人が本気でした仕事に対して、ダイレクトに口にすることではないと思う。書き方の妙、言い方の妙。それが、腕の見せ所でしょうにー。
 まっ、本意でなく書かされている人も、いることはいるんですけれどね。それも、可愛そうね。

 一番の抗議は、無関心。私は映画を楽しみます。そうそう、そういう人たちに、最後に一言言っておかなければ。「どうぞ。お幸せに」(にっこり)。