小さな命

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 ある街に出かけた時のこと、タクシーに乗ったら、「医大ですか?」と聞かれました。知人もない街のこと、そうじゃなかったんですが…。「どうしてそう思ったんですか?」と聞いてみました。

 「このあたりで乗られるのはね~。医大に行かれる方が多いんですよ…」。

 「地元の人じゃないな。出張かな」。そう感じた人は十中八九その医大への薬品会社の人だから、ついそう思ってしまったと謝られました。ちょっと気の張るお出かけで、いつになくカチッとしたかっこをしていたんですね、その時…。多分、緊張も顔に出ていたんでしょう。

 「ここの医大は、このところ治験…とかいうんですかね。それに力を入れてるらしいんですよ。それで、名前もあるでしょう? 自分のところの新薬を使ってみてほしいっていうんで、ずいぶん来られるんですよ、製薬会社の人が…」 …なんて話で少しくだけ、当たり障りのない世間話をしたあと、ちょっと込み入った(?)話になりました。 「こんなことお客さんに言うのもなんだけど、この間、えらいもん見ちゃいましてね、医大で…」と、運転手さん。

 「何を見られたんですか?」
「犬…です」
「犬?」
 
 知人を訪ねて医大に行かれた運転手さん。一部工事中で部屋の配置が変わっていて、「確かこのあたりの…」と標識も見ずにドアを開けたそこには、思いがけずゲージ(?)に入れられたワンコたちがいたんだそうです。

 「実験用の犬ですよ。多分、保健所からもらわれてきてるんでしょう。モルモット…っていうかな、あのネズミみたいなやつ。それがすんだら、それより大きい…、犬…とか、より人間に近いもので段々実験していって、大丈夫だとわかったところで、最後は人間でデータを集めて新薬ができる…。そのためでしょうね」

 そこで、その運転手さんのお宅には2匹のワンコがいるという話になりました。一匹は、東日本の震災で飼い主さんがわからなくなった、保護犬だった子。もう一匹は、保健所から子犬の時にもらってきた子。実は、どうも保護犬君の方が年かさらしいのに、その家としては、少しだけ先輩になる保健所犬君の方が幅を利かせてるそうで、おとなしい保護犬君は部屋の隅にいることが多く、「まだ恐怖が抜けないのかもしれないですね」と言ってらっしゃいました。

 「うちのは、悪さして怒られることはあっても(特に保健所犬君は)、ほら。お気楽ゴンタのどうとかって、犬の餌のコマーシャルが前あったでしょ? あんな生活ですよ。寝たいときには寝て、遊んで、食いたいだけ食って…。うちらがおやつを食べればそれも欲しがって…。まぁ、好き勝手ですわ…。でも、あの子たちは、もしかしたら一回の投薬で、動けなくなるかもしれないし、最悪の場合はこの世とおさらばかもしれない…。良くてもあそこで…、あの中で終わりですわ。それを思うと……。見なきゃよかったと思ってねぇ…」

 確かにそうです。そういうことって、理屈としてはわかっているんだけど、改めて考えたこともなかった…。

 「わかってるんですよ。いきなり人間で、認可の降りてもいない新薬を試すことはできないっていうのは…。そいういう子がいてくれてこそ、間違いない薬にできるってこともね…。でも、なんかかわいそうでねぇ…。おんなじように保健所から引き取られても、えらい違いだと思ってね…」

 ちょうどその時に、赤信号で止まった交差点。タクシーの横の横断歩道を、年配女性の飼い主さんに連れられたワンコが通りました。少し足がお悪いのか、足取りの遅い飼い主さんを時々振り向き、ペースを合わせるようにして柴犬ワンコは進んでいきます。飼い主さんを気遣ってるんですよね。今の話を聞いた後だったので、なんか、それを見て胸がいっぱいになりました。

 家犬も、実験犬も、方法は違っても、人を癒し、役に立ってくれていることは同じ。矛盾を感じても、ありがとう…って感謝するしかないのかなって、うまく言えない気持ちが、おなかのあたりで渦巻きました。