『光と風の間(はざま)で』総本家

総本家なんで、あれこれあります

二の宮まいり~大神山神社にて その1~

 その日の天候は、朝の天気予報では雨。それでも、「(平地の)最高気温3℃。おまけに雪予想」の翌日からのことを思うと、やっぱりこの日しかない!と「大神山神社」へ。そして着いた大山寺(この場合は地名)はやはり小雨模様でしたが、駐車場やバス停から少し距離がある参道への坂道をとにかく歩きます。


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     これは坂のいちばん上から撮った写真。 このだいぶ下に駐車場があります



 これね~。平地なら少し距離があるなぁと思う程度の距離なんだけど、かなり急な坂道です。その坂道の両側にあるお店のほとんどは冬季休業中なので、だ~れにも会わなかったんですよね。あまりにも人がいないから、ホントにこの道でいいのかなぁと思いだしたところで、明治時代に入って神仏分離で分かれた「大山寺」と、「大神山神社」への参道への道しるべに出会いました。


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 このあたりには家族でも来てるはずなんだけど、この2か所でのことはまるで覚えていません。間違いなく来ているだろうと思うのはこの前の記事で書いた学校行事の時だから、それで覚えてないんですかねぇ(大体学校行事でのことなんて、ほとんど覚えていない奴だし)。そんな風だから、「ああ、こんな風になってるんだ。すぐそばじゃない」…と、二つの道を見比べながらえらく感動的に思いました。まっ、とにかく、私が行きたいのは大神山神社ですから、道を左に折れ、鳥居にご挨拶して門をくぐります。


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                 こちらが大山寺


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       で、道しるべのところを左折するとすぐにあるのがこの鳥居

 
 鳥居をくぐってまもなく、私はここを訪れた人の、「滑ります。雨の日は気をつけて」というコメントを思い知ることになりました。この参道、写真で見るには素敵だったんだけど、この650メートルという「日本で一番長い自然石で出来た参道」は、とんでもなく歩きにくかったからです。写真で見て想像してたのより、はるかに不安定。まだ雨が降ってなければそれほどではなかったと思うんだけど、「雨で塗れていて転んだ」だの、「何度も転びそうになった」だの書かれていた意味がよ~くわかりました。参道に沿う木々の木の葉たちも落ちきっていて、ときおり立ちどまって見る参道の風情も半減です。



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 そんなわけでずっと、下を見ながら気をつけて歩いていきました。それでもまだ滑って不安定なので、撥水性のコートのフードをかぶり、傘を閉じて杖代わりにして進みました。そのうちに段々とコツがわかって来て、あたりを見渡す余裕も出てきます。参道の両側のあちこちにはお地蔵様。神仏習合だったころの名残なんでしょうね。このお地蔵様達は、これまでどれくらいの行者さんや登山客、参拝者を見送ってきたんでしょう。



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 そうそう。この参道の途中には、長寿の水と言われる御神水があります。このことは概略だけ見てきたネットで知っていたので、帰りにいただいて帰るつもりで、空の水筒を持って来ていました。帰ってコーヒーを入れて飲もうという算段です。だから、ここでは一口だけいただいて、先に進みました。



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 それにしても、有数のパワーポットだなんて言われてる神社だというのに、参拝客に会いません。というか、人に会わない(大山中腹の、この時期、この天候。当たり前といえば当たり前なんだけどね)。フードを叩く小さな雨音。側溝を流れる水の音。普段は使わない筋肉を使ったせいか、参道の終わりごろにはさすがに少し疲れてきて、場所を選びながら傘を突くのに合わせて、「よいっしょっと」とか、小さくつぶやきながら歩く道のり。必死に歩くことだけ考える道のりなんて、ほとんど経験がありません。いや。それこそ、大山登山の時もきっとそうだったんだろうな。そんなことを思います。



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 門扉を開ける方向が普通とは逆になっている、「逆さ門」とも呼ばれる門(さる寺院にあった門が方向を変えずに取りつけられたため、普通とは逆の方に開くようになってた…といわれているようです)のあたりまで来た時、傷んだ石段を治す作業をしている方たちと会いました。ここにきて初めて会った人類です(動物も見てないけど)。ちょっとほっとしたのに、もう作業は終わりだったらしく、小さく会釈してさっさと去っていかれます。もうボロボロの私だけが、ひとりそこに取り残されました。さぁ! 自然石の参道はここで終わり。いよいよ石段を上がります。