世にも奇妙…でもないかもしれない話

 ちょっとお昼前の話です。 

 、実は、昨日の記事でもちょっと触れたんだけど、この頃不思議に感じていることがあるんです。それは、ネットで私がようやく知ることになった、世界や日本やマスコミのあれこれ(特に日本の)などのことを、それも、特にこの1~2年の変化について、数年前に亡くなった父がすでに生前話していた…ということ。

 その時は、かの国などのことにしても、「あの子」以外のことでちゃんと知っていることはなかったし、日本の新聞などで活字になっていることには、しっかりいた取材がなされていて偏りはないと信じていた頃ですから、政治について語ることの多かった父が、「また、ありもしない極端な話をしているわ」としか思ってなかったんですけどね…。今になって、「ああ。これ、(父が)言ってた、あれだ」と思うことがよくあるんです。

 父は、ジャーナリスト志望ではあったけれど、必要なことがあれば私に調べさせる…という感じで、自らネットをやる人ではなかったし、その内容も、たとえば自分が不慣れな植物の育成法などで、政治的なことを調べてくれなどと言ったことは一度もなかったんですね。

 蔵書も、古代や戦国時代、明治維新(そうそう。『三国志』とかもあったな)…あたりのものがほとんどだし、さらに、中国文化に詳しい友人はいたけれど、政治的な話をする方ではなかったし、父が相当頭が固いうえに、他の人から聞いたからとそれを、まるごと取り入れて変わる人でもなかった…ということもあるんですよね。なら、もしかして見えないものが見えるようなタイプの人か…といえば、そういうことをまったく信じないタイプでだった…。

 そういう人が、どうしてそういうことを知り得たのか…。まったくもって謎なんです。それこそ、前記事で書いた、お揚げの話くらい、解決しようのない謎の話です。何せ、本人がもういませんから…。


 去年のお正月は、これくらい降っていたのにねぇ…。今年は皆無です