絶叫~暑気払い

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昨日の深夜ネットを覗いて、某ネットニュースの記事に怒っている話を読みました。もちろん(?)「あの子」関係のです。

「あ~。またここか…」(ため息)

ずいぶん前から(もしかしたら、「あの子」については最初からかも)、ここの記事はこんなでした。この手のは、一段落つけてコーヒー片手にちょっとネットをと思うような時間にヤ○ーのニュースで見かけるものだから、ついついクリック。そのたびに不愉快な気分になったものです。多分昨日の日中見かけていたら、またクリックしてただろうなぁ。

そんな私でも、長年の経験で少しは学習したことはあるんですよ。そのひとつは、何かにカチンとくる時は誰でも、あんまり自分の心の状態が良くないときだということ。そして、もっとイラっとする時は、自分でもそう思ってることを指摘された時だってこと。

それに気がついてから、「ああ、今ちょっと心の状態がよくないんだな、私…」って思うようになったんです。そう一呼吸するとね、少しは怒りの程度が軽くなったり、それなりに流せるようになるんですよね。

そして、もうひとつ学習してきたのは、そういう記事は、たいして取材せずに書いてる記事だってこと(これ、今回の内容を知らなくてもわかるでしょ?)。

どっかの井戸端会議でもその程度の話はするでしょと思うような話を、「ある関係者が」とかいう冠をつけて、さも信憑性ありさげな(あくまでも、ありさげなであって、あるではない)記事の出来上がりですか…。

それにしても、「関係者」って便利な言葉ですよね。それをつけることで内容を真実っぽく見せかけることが出来るし、その「不特定な誰か」に、配慮してるかのように見せかけることも、その反対に、責任を擦り付けることもできるんだから…。

それが本当だというなら、署名記事にしてみてよとよく思うんです。自分の名前が出るとなれば、普通ならもっと記事の書き方に慎重になるし、下調べをもっとするはず。会社の状況はどうなってるかとか、あちらの国全体のエンターテイメントについても調べるだろうし、本当に「関係者」がいるならですが、その人物が信用するにたる人かどうかも確かめるでしょう。だって、その人が確かな人でなければ、恥をかくのは自分なんですから。

少なくとも、どっかの記事を見ての私感に、「関係者」とやらの話をくっつけてそれらしくし、コイツはこの程度のヤツだといいたげな記事にすることはないでしょう。それとも、「真相なんてどうでもいいから、色んなことで不愉快を抱えている人の憂さ晴らしになったり、その当事者を貶めることが利益につながる誰かのためになるような記事にせよ」とかいうのが、社の方針なんですかね。かつてはいい加減だと思っていた女性誌の方が、今はよほど信用できる気がします。

女性誌がそうなるのは、理解できます。何より「あの子」については、下手な雑誌に書いてあるのより詳しい(事実関係を自分で確認したりしている)人がいて、それがネットにながれてもいるわけだし、内容によってはいつもより多い売り上げが望めるわけですから、下手な記事は書けません。まして彼ら(彼女らも)は、大なり小なり、「あの子」の実像に接触しているということもあるでしょうね。彼の「周囲」とか「関係者」とかいう人じゃなく(まだ言うか…)。

何だかんだ文句言ってるところをみると、全然流せてない…。もしかして、相当心の状態が良くないんじゃないかって? だって暑いんだもん!!(おいおい…ーー;)。ついでに、某監督の名誉を回復するためとかいうことで、「あの子」が法外な出演料を要求&手に入れていて、それが制作費を圧迫して経営を悪化させていったなどという、某大学教授のもっともらしくこねくり回した、「やっぱり、以前の作られた記事を見ただけで、調べもせずにあの子を悪者にしてきたか」記事を読んでしまったせいもあるかも。

あっ…。これ、今回の記事と同じ構図じゃないですか? それを、署名記事で堂々と出す? そうだ。そうでしたね。あちらでの報道の多くは、ずっとそうだった…。そんな中に、ずっとさらされてたんですよね、「あの子」は…。

最後に、暑気払いにもう一言叫んでいいですか?

「あの子」は、年金や配当金暮らししてるおっさんじゃない! 愛もやる気も、(いい意味での)野心もある、ちゃんとしたヤツなんだからね~~!!(残念ながら、いまだに事故の後遺症を抱えてね…)。