秋の半ばに

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 アバウトで、その上しわがはいったままの画像ごめんなさい。今朝、わが家にこんなのが届きました。「思い出の印に…」と。
 
 具体的に誰にというわけではないんだけど、ご近所の90代半ばの方からです。ひとり暮らしのおばさまで、どういうわけか、かなり年の違う私の母と気が合って、仲良くさせていただいていました。ただし、つかず離れず…というか、こちらのことに深く立ち入られることはなく、自分の身の回りのことはすべて自分でなさっていたんですね。
 
 長く着物の仕立ての先生をしてらした方で、これも、もちろん自分で仕立てられたもの。残念ながら、母も私も門外漢で、生地などの詳しいことはわかりませんが、とっても軽くて体にそうものです。生地には多少おうとつがあって、さらっとしていています。中は真綿だそう。もちろん、未使用のものです。
 
 「処分しようと思ったんだけど、それなりにいいものなんで、捨てるのがもったいなくてね。もしよければ使ってもらったらと思って…。いらなかったら、捨ててね」。そう言われました。
 
 どうしてそれを処分しようとされることになったか。実は、お盆に九州でお医者様をしてらっしゃるお嬢さんが帰郷され、大台(100歳)を前にした今、そろそろあちらに来るようにと説得され、その決意を固められたからなんです。あちらには、ずっと一人暮らしだったそのおばさまが気がねなく過ごせるようにと、娘さんご家族のお宅のすぐそばにマンションの部屋がすでに用意されているそうで、こちらにある多くの家財を処分されつつあるんです。そのための準備の時間はあと半月になりました。
 
 「ほんとは、行きたくはない。ここで死にたい。でも、自分がボケたり、体の自由が利かなくなったときに、ここの皆さんに迷惑をかけることになってもいいのかと言われて、返す言葉がなかった。それがいちばん、嫌で哀しいことだから…。もう10年若かったら、はねのけたんだけど…」。
 
 上でも書きましたけど、今でも、けっしてまわりに迷惑などかけておられず、近所づきあいを含めて身の回りのことはきちんとこなされているんです。だからこそ、そうなってしまったときのことをよけいに思われたんでしょうね。それに、娘さんのお近くに…というのは、ご本人にとってもお嬢さんにとっても、安心できる環境でもあります。わが家では、さみしさ半分で、それが一番いいのかもしれないね、なんて話したりしていました。
 
 母と違って、私はその方とお話しすることは多くはありませんでした。それでも、お会いすると、「よく頑張ってるわね」と声をかけ、ポンポンと背中を軽く叩いてくださるのが常でした。夜トイレに起きると、そのおばさまの家の窓から、私の部屋の明かりが見えるんだそうです。そのたびに、「がんばれ、がんばれ」って、昔からずっと窓の向こうに声をかけてきたと、話してくださったことがありました(その中の幾回かは、頑張っているというよりは、たぶん「あの子」の何かに読みふけっていただろう、ということは、今でも内緒ですが…)。
 
 秋の半ばに、おばさまは旅立たれます。何か、お邪魔にならず、思い出になるものをプレゼントしようと母と話しているんですが、何がいいかなぁ。