『光と風の間(はざま)で』総本家

総本家なんで、あれこれあります

凪待ち~映画を待ちながら~(あ〜。勘違い追記あり)

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 先週末久しぶりに映画館に行って見てきた、「凪待ち」(最近は、映画はネットテレビで見ることがほとんどなので)。色々語りたいことはあるもののまだ上映中。こんな弱小ブログでも詳しいストーリーを書いてしまったら、この映画を見ようと思っている方が偶然やって来て、間違って(?)読んじゃう場合があるかもしれないと思うと、ちょっと書き方を考えようかなと思い、書きかけていた記事を書くのを途中でやめてしまってたんですね。
 
映画を見ていない人がいる中で、この映画について触れられることって、まずはこの映画を見た方たち(映画関係者を含む)の間で、今年前半でナンバーワンの映画(それどころか、もしかしたら日本映画として誇れる歴史となる映画ではないか)とかいう呼び声の高い映画だということ。

なのに、在京キー局ではこの映画について宣伝されないどころか、一切触れられることがなく、そのキー局でバンバン宣伝されている映画の1/3程度の映画館でしか上映されていない(ただし、ネットのニュースやスポーツ紙などでは意外なほど書かれていたように思いますが)。
 
在京キー局で触れられないと言うことは、「何か」に逆らって(?)番組で伝える地方以外では、上映されている映画館で偶然見つけでもしない限り見ることがない映画になってしまうかもしれないということです。現にこちらでは、この映画についての情報はまったく流れていませんでしたから、私が見に行った回に来ていたのは、「彼ら」のファンの人か、映画好きで、主にいつもネットで面白い映画を探していて、その映画評などを見てやってきた人たちだけのようでした(つまり、こちらでの年齢層は、多分よそよりは若かめだった)。


情報の流れているところの方がつぶやかれているように、年配の方たちも含め、とにかく男性が多い…という風ではなかったですね。こちらでは、ネットに触れていない限り、この映画が上映されていることを知らない人が圧倒的だっただろうと思いますから。



テレビのキー局での宣伝は、たくさんの方に見ていただくためにはやっぱり必要なんだなと思った出来事でした。ただしこの映画、観客数、さらに映画を見ての満足度は上位に食い込んでいるようなんですね。上映館は少ない。でも、お客さんは口コミでどんどん増え、上映館が増えていく。そういうムーブメントが起これば、流れを変えていくことはできるんじゃないかしら…。いや、そうなってほしい。テレビのあおりで、映画が受ける…。そんなのは…。いや。これ以上はやめときましょ。
 
 そのことに関係するのですが、私がその日の予定を変更してこの映画を見に行ったのは、「こちらで上映されるただ一つの映画館」にいつ行こうかなと思いながら、ネットで空席情報を見た時に、その翌日、それもレイトショーでラスト(それが翌日唯一の上映時間)だということを知ったからだったんですね。こんなに短いとは…
 
慌てて今日のうちに行ける時間をチェック。その回が「ライブビューイング」だった。つまり、さる上映館で行われた主役と助演さんと監督のお話のライブ映像を、いくつかの上映館で見られる回だったんです。

※追記を見てください。


そのライブビューイングの前、「(ライブビューイングの)画像を撮影したり、録画したり、録音したりしないように」とデカデカとスクリーンに表示されていました。ありがちですね。ところが、そのあと映画で登場する人とは別人の(と見える)主役君(「彼ら」の末っ子君。ロングジャケットがすごく似あってた)が登場するやいなや、後ろから2列目に座っていた私の席からは、「彼の顔のアップが表示されているスマホやiPadの画面」がずらりと並んでいたのが見えたんです。なかなか壮観な眺めでしたよ~。あんなにたくさん彼の顔が並んでるのを見たのは初めでした(守れ~! 約束守れ~! 約束が守られずに後々痛い目をするかもしれないのは、結局彼なんだよ~)。
 
まっ、そんなことがありつつも、映画の前に思いがけない楽しいお話が聞け、そして、映画「凪待ち」、上映となりました。
                              〈つづく)
 
 




「追記」
島根県西部〜鳥取の、「凪待ち」見たいと思ってたあなたへ。

「凪待ち」、上映がなくなったのは日中だけで、レイトショーはまだあるようです。三連休だし、気になってたらすぐにgo!です。

私ももう一回見てみたい気がするんだけれど、少し距離があるので、レイトショーはきついなぁ。