人の言うこと(信憑性)には限度がある…よね

イメージ 1


 この頃つくづく思います。このタイトルのこと…。

 某学園と某学園のことでもそう。その内容自体を疑われるような、告発側にとって都合の悪いことは一切テレビや新聞、雑誌には載らず、犯罪でもないし、かかわりがあったと立証できないようなことを、さも重大な犯罪でも行われていたかのように言い、「この人がこう言ってるから…」と、片側の言い分だけが正しいというような報道をしてたりしたりしてる。

 さらに、それを何回も繰り返し報道することで、何も知らない人の頭に「幻想」を擦りこもうとするやり方は、私たち一般庶民を馬鹿にしているし、汚らわしいにもほどがある…とさえ思う…ってのは、ちょっと言いすぎですかね(ただし、告発は身ぎれいな人がしないとね。告発しているすべての人に問題があるというという、とんでもない場合があることを、私は今回初めて知りました)。

 では、逆の立場で、「こういう証拠がありますよ。だから、そちらの話はおかしいんです」とネットなどで示している側に、思いこみがないかといえば、それもまた問題があるよな~って思ったりするんです。

 たとえば、少し話はずれますが、そういう報道の間違いを指摘したりする政治的なブログで、「例の彼ら」について書かれているものがあったんだけど、スマファンさんたちのブログやつぶやきをいくつか見ている私には、その中で「すべてがまちがいないこと」のように語られていることに、明らかな、もとからの事実誤認があることがわかったんですよね。 

 それは、「事務所は、所属タレントを守るもの」…という思いこみがあるから起こったことです。だから、「(副社長さんが)それほど怒るには、こういう理由がある」…などとほんとのように書いてしまっている。たとえば、ツイッターででも、スマファンさんたちに聞いてみれば、それとは違うという証拠が、あちこちからきちんと証明できる形で出てくるはずです。いや、はず…ではなく、必ず出てきます。そうすれば、「おじさんの勝手な思いこみ」というか、きちんと全部調べているわけではないということがわかるでしょう。これは、彼らの話だから…だけではないと思う(これも、思い込み?)。

 では、若い人ならネットも見ているから大丈夫か…といえば、逆の思いこみがある場合もあるんですよね。これも例えばの話だけど、某コメディアンさんの娘さんと結婚したシンガーソングライターK君(伏字になってないし)について、「所詮は。魅力も実力もないアーティストで、義父の名の七光りでしかない」とか決めつけていたりもする。それは間違いなく、彼の歌をちゃんと聞いたことがないから…だと思う。好き嫌いはあるとしても、彼の歌についての話が一つも出てこないのが、その証拠でしょう。彼の出自だけを持って、すべてを決めつけているんでしょうね、多分…。

 …となれば、です。人の言うことは、どんなにカシコイ人のいうことでもほどほどに聞いておくことにしましょってことになります。だとしたら、何をもって真実を知ればいいんでしょうね。急な雨降りで、少しだけ冷えたウニ頭には、まだそれがわかりません。