「祓いたまえ 清めたまえ」と言ってみる~めざせ!成功(?) その2~

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 この前の記事の続きです。

この本の著者さん、神社とは「生まれる前に決めてきた、この世での使命を無意識に再認識する場所だ」とおっしゃってます。そこを訪れることで、自然にそれに気がつく…。ということは、特定の神社を参拝し、歴史に名を残した人たちというのは、そのあたりに敏感な人なのかと思ったりしますが、理屈ではなく「感じる」ようにすれば、誰でも何となく感じられるようになるものだ、と言われています。それを感じやすくなるためにも、「スキマ」が必要だと…。


 神様との交流には、この「スキマ」を作ることがポイントなんですって。先ほど言ったように、悩みや雑念、頼み事でいっぱいになったままだと、神様の想いが入りこむ「スキマ」がない。思考を整理して無心に近づくほど、神様の想いが入ってくる場所ができる…。


そこのあなた、「ん?」と思いました。そうです。神様の想いがね、入ってくるんだって、こっちに…。神社というのは、こちらからお願いや感謝をするだけではなく、神様からのお願いを聞く場所でもあるというんです。その願いとは、「とにかく幸せになってくれること」。それをね、こちらの思考や雑念を整理してできた「スキマ」に入れ込みたいらしいんですね、神様は…。その「スキマ」が多くある人ほど、願いがかないやすい。そりゃ、そうだ。「スキマ」が多くあれば、その願いがよけいに詰め込めますもんね。「100円でナイロン袋に野菜詰め放題」…のようなものです。まっ、ぎゅうぎゅうではないでしょうが、そりゃ、かないやすくなるわ。


 その「スキマ」を作るべく、神社は祓って祓って、祓いまくる仕組みになっているんだそうです。鳥居をくぐる前に一礼。ここからがスタートです。手水舎はもちろん、あの玉砂利をじゃりじゃり踏んでいくのさえも、祓いの一つ。そういう一つ一つをやって拝殿に進んでいくことで、「スキマ」が少しずつ出来ていく。


 お願いの仕方、ここも試験に出ます! …じゃなくて、これもポイント。お願いを、まずは段々と「ほんとは何なの?」ってことにしていくこと。たとえば、「お金持ちになりたい」とするじゃないですか。じゃ、お金があればそれでOKで、それに埋もれてクロールしてるだけで幸せかっていえば(平泳ぎでもいいけど)、ちょっと違いますよね(多分)。

 お金を使って、したいことがあるでしょ。それがしたいから、お金が欲しい…。他にはない?とか問いかけてみたりして、結局のところ最後は、家族みんなで笑っていられる生活をしたい…とかいうところに落ち着いたなら、それが本元だからそれを願いましょってことなんだそうです。それが、多分生まれる前に決めてきたこと…に関係しているはずだ、と。


 もちろん、そんなこと思わずに、「いつもお守りくださいまして、ありがとうございます」だけを伝えに行くのもOK。それだけですから、伝わりやすいし…。「おーしっ。お礼受け取った。もっとお礼が言いたくなるくらい、幸せになりな~~!」と、神様は「スキマ」に想いを突っ込んでくれる。「心に思う別の願いがあるのなら、それを一つに整理して伝えればよかろ。そこにも突っ込んどくよ~」と、そういう話なんですね。


  ただし、そのお願いの方法があります。それは―。


 
 ①住所と氏名を伝える。
 名乗るのは、神様への礼儀ですが、個人の特定でもあります。たとえば、「母が元気になりますように!」と言ったって、「誰の母よ」って話ですよね)。
 
 ②お参りに来られた感謝を伝え、↑で考えた願いを伝える。
 ③祝詞(のりと)と呼ばれる、神道の祈り言葉を唱える。


  この3つの順番は、どれが先でもいいんだけど、この3つがそろって、神様は、「ほら、行け~!」とスイッチを入れてくださるんだそうです。


 さて、問題なのは、③の祝詞。これも、祓いの一つなんだそうですが、「祓いたまえ 清めたまえ 神(かむ)ながら 守りたまえ さきわいたまえ」という祝詞を唱えること。これは、「罪やけがれを取り除いてください。神様のお力で、お守りください。幸せにして下さい」というような意味になるらしいんですが、「祓いたまえ 清めたまえ」と略して唱えてOKだそうです。それなら、忘れないですよね。


 このあたりのことを理解して参拝している人は、神様のバックアップを得て、確かな活躍をしているし、これからもそうなっていく、というのが著者のお話です。さてこの次は、もうちょっと突っ込んでお話をして行きますね。