「クラウディアからの手紙」終章

 
はるか昔に、『「クラウディアからの手紙」その後』という記事を書いたことがあります。
過去記事↓
 
この記事の弥三郎さんが、10日に亡くなられたそうです。96歳でした。奥様の久子さんは8年ほど前に、そして、月に一度電話で話していたというクラウディアさんも、昨年亡くなってらっしゃるので、これからは、国の距離も時間の距離も関係なく、天国で三人で仲良く…というのは…無理かな…。
 
帰国されてからの弥三郎さんご夫婦は、地元紙によると、地元の温泉施設に手をつないで通われたりして、本当に仲が良かったんだとか。奥様の最期の様子は前の記事に書いていますが、弥三郎さんの最期の言葉は、呼びかける娘さんに向けての、「うんうん。ありがとう」だったそうです。
 
奥様の様子、自分が一人になるのを覚悟で帰国するように促したクラウディアさんの様子、そしてご本人の最期からしても、弥三郎さんという方がどういう方だったか、おぼろげながらにわかる気がします…。
 
抑留生活を伝える講演会などもしていらしたという弥三郎さん、老人会の旅行の時に、「蘇州夜曲」という曲を歌われたんですって。「日本語を忘れないように歌っていたんだ」と…。その曲、聞いたことがあります(今の方が歌われたのを、だけど)。ただ、歌詞がよく分からないのでちょっと調べてみると、その中にこんな詞がありました。
 
花を浮かべて 流れる水の
明日のゆくえは 知らねども
こよい映した ふたりの姿
               消えてくれるな いつまでも
 
この歌を歌った弥三郎さんの胸にあったのは、久子さんだったのでしょうか。それとも、クラウディアさんだったのでしょうか。ご冥福をお祈りします。
 
 
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