熊野大社にて~その1

前回の記事の出雲大社の次に行った熊野大社は、松江市の中心街から離れたところにあります。合併までは別の町だったところで、JR松江駅からなら、車で軽く30分以上かかると思います。タクシー料金でいえば、40005000円圏内になるそうです。
 
車を利用しないなら、地元の一畑バスとその元の町内を走るコミュニティバスを乗り継いでいくことになりますが、かなり便数が少ないみたい…。あちこちのついでにというわけにはいきません。もしかしたら、それゆえに「守られている場所」と言えるのかもしれません。
 
その駐車場隣には、それなりの規模の宿泊施設もあったりするんですけど、よそから来てここに泊まって…となると、お正月や神社の行事の時、そして、よほどのこの熊野大社への想いがないとそんなにはないかもしれないですね。ただ、以前お話ししたように、食事のために来る…という方はあるみたいで、お昼を少し過ぎた時間でも、そこの駐車場には結構車の数がありました。
 
車がないのは、熊野大社側の駐車場です。がら~んという音が聞こえそうな感じ…@@;。バス停もあるその駐車場からお社に向かっていくときも、私ひとりでした…。もしかして、こんな時期にやってこようかというもの好きは、私一人かしらとその時は思ったくらい。
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駐車場を出て、流域にいくつもの遺跡が点在するという意宇川(おうがわ)にかかる赤い欄干の橋を渡ると、いよいよそのお社が近づいてきます。実は、橋の中ほどを過ぎた頃から変でした。駆け寄っていきたいほどの懐かしさを感じたんです。で、じわ~っと…。
 
 手水舎で手を清めたら、涙ぐむほどの感じはなくなったんですが、どこかでこんなことがあったなぁと思いました。そして、映画『スキャンダル』に出てきた巨木と、博物館に納まっている弥勒菩薩に会いに海を渡り、夕方の街を歩いた時だと思い出しました。その時も、わけもなく涙が出てきた。そんなことがありました。ただ、その時にもお話したように、私にはあちらにルーツはありません。そして、この熊野大社の辺りにも…。というか、わが家は島根自体にルーツがないはずなんですけどね…。どうしたことだろう。
 
 とにかく、そんなことがあったし、このお社のあれこれを少し調べ、スゴイとこかも~というイメージが膨らんでいたので、「お邪魔します」と頭を下げて鳥居をくぐったら、何かの想いがやってくるだろうとひそかに期待していたんです。ところが、あなた。ないんです。ええ、まるで。
 
受けたのは、「何だ、ここ。あっかる~い。あっかる~くてウェルカムなとこ~♪」という、妙にテンションが上がる感じだけ(これが、毎年新年にここを訪れる友だちの言っていた、「ただただ気持ちいい」ということかもしれません)。
 
お社によっては、来る者を選ぶ感じがするところがあるじゃないですか。たとえば、神宮(伊勢神宮)の内宮辺りは、私にはそんな感じがしました。特に、御正宮と荒祭宮(アマテラスさんの荒魂が祀られている)あたり…。人を選ぶというか、ちゃんとしなきゃとちょっと緊張気味に、独りでに背筋を伸ばす感じがある。ここにはそれはなかったんです。「そうか、そうか。来たか、来たか」と、にこにこしてもらえるような感じ。まんまで行っても、怒られない感じがありました。出雲大社で、あちらにおられるスサノオさんの所で、「これから熊野大社に参りますのでよしなに~」とお願いしたからでもないでしょうが…。
 
「まっ、私は霊能者でもなんでもないわけだし、こういう風に何も感じないということが現実なんだろう。気持ちよく、お参りさせていただいて帰ろう」と思いなおしました。そう。もとより、それがいちばんの目的なんですから。ところが、それが思い違いだったことを、私はあとで知ることになります。
 
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さて、話はもどって、お天気のせいもあってか、とにかくあっかる~いと思える、出雲大社より狭い境内をまっすぐに拝殿に向けて進みます。そこには、パラパラとあちこちに5~6人くらいの方がいらっしゃいました。
 
熊野大社は、拝殿の後ろにご本殿があり、そこに主祭神のスサノオさんがいらっしゃいますし、こちらから見ると、その右側には、奥様のクシナダヒメさんがご両親とともに、そして、明治時代にこの地区の別の神社から合祀された、スクナヒコナさんなんかと一緒に納まっていらっしゃいます(稲田神社)。そして、左側には、スサノウさんのお母様のイザナミさんが、やはり同じ時期に合祀された、猿田彦さんやアメノウズメさん(以前、この方のことを書いたこと、覚えてますか? 伊勢の猿田彦神社にいらっしゃる道開きの神様と、天の岩戸の前でダンスを踊った、その奥様です)などと一緒に納まっていらっしゃるんです(伊邪那美神社)。つまり、スサノオさんの側から見たら、左側には奥さんやその御両親、右側にはお母さんという配置でそこにいらっしゃるわけですね(確か伊勢ではごいっしよだったはずなのに、何でここではお父様がいらっしゃらないんだろう…)。
 
女性で何かの望みをかなえていただきたいと思う方は、スサノオさんだけでなく、このお二人にもしっかりお願いした方がいいそうなので、そのようにしました(一回は母のこと。そして、もう一回は例の件と、一旦御前を退き、これを2回繰り返したわけですね)。出雲大社の釜社で聞いてきたあの言葉がしっかり頭に残っていたので、例の言葉(前の記事参照)をちゃんと3回唱えました。もちろんここも、同じ言葉を唱える場所ですから。
 
実は、イザナミさんの方がパワーが強いと書いてらっしゃる方があったんですけど、特にそういう勘(?)が強いわけではない私が惹かれたのは、クシナダヒメさんのおられる稲田神社の方でした。同じようなつくりなんですけどね。
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稲田神社
 
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伊邪那美神社
 
結局、お参りしても何も受ける感じに変わりはありませんでした。拝殿の前に行っても、すごく強いものを感じるわけでもありませんし(実は、ああいいながらもまだ期待していたんですよね…^^;)。その時、ふっと思ったんです。最初に感じたままの、この明るくてウェルカムな感じがスサノオさんのものだとしたら、ちょっと違うぞって…。
 
古事記では、スサノオさんは、とんでもない暴れ者で、悪さでお姉様であるアマテラスさんのご機嫌を損ねてしまい、(アマテラスさんが)天の岩戸に隠れてしまわれる原因を作ったと言われていますよね。だけど、これがスサノオさんの心持なら、そんなことしない人(神様ですが)ですよ、この人…(ええ、神様です)。
 
確かに、ヤマタノオロチにもっていかれそうになっていたクシナダヒメさんを、櫛の姿にして自分の髪に差してヤマタノオロチと戦い、これを退治したという人ではありますから、勇敢な人なのでしょうが、ここで人に火の扱い方を教えたというスサノオさんは、向かい合えば多分、いい人だ~ってわかる人だと思うなぁ(はいはい、神様ね)。
 
古事記を歴史書と呼ぶかどうかは難しいところだけど(だって、スサノオさんは、オオクニヌシさんの4代だか5代だか前の祖先であり、義父でもあるなんて、実際はあり得ないことですものね)、「歴史は勝者によって書き換えられる」ということばを思い出しました。だとすれば、だれが勝者なんだろう…(と、ちょっとは感じていながら言ってみる)。
 
(続く)