大切なことは「あの子」が教えてくれた

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これはあまり触れたくはない話です。でも、一度だけ書いておきたいと思います。

「あの子」を知ってから、「かの国」について知りたいと思うようになりました。何故そんなにもめるのかを知りたかったんです。だから、あれこれ調べた時期がありました。そうしていると見えてくるものがあって、自分の国に対する想いはずいぶん変わりました。そして、もちろん「かの国」に対しても…。

「かの国」の報道は、事実はほんのわずかで、あとは創作と自分の想いを描く作文みたいだというようなことを書いたことがありましたが、あれこれ知る中で、自分の国でも同じことが起こっているということを知りました。テレビも同じ。これまで疑いもしなかった報道が、私たちに本当のことを教えようとするものではないということもわかってきました。そして、あまりにも脳天気でいた自分にも気が付きました。

同時にわかってきたのは、「あの子」の特異性です。あの国の中でどれだけ「変わり者」なのかが見えてきたんです。同じように、彼が国の内と外で闘ってきたものも見えてきました。

逢ったこともないのに…という人たちもあるでしょうけど、それなりに分かりますよ。「あの子」が、これまでにとってきた行動で…。ずっと見てきたんだから。行動は、時に言葉より雄弁なことがあります。

たとえば、あの映画の記者会見で聞かれたこと。そして、私たちはあの子がこの前の震災の時にとった行動(いちばんに多額の寄付を)についても、さもありなんと思ったけれど、あれは私たちが思っている以上に、あの国の人としては相当な決意でされた行動である…ということもわかってきました。

彼は、そのあとの人たちとは違って、たった一人で海を渡ってきた人です。それゆえに、背負ってしまったものも大きかった。闘うべきものも。でも、その人柄と行動ゆえに、得たものも大きかった。果たした役割も…。それを今壊されていくようなさみしさを感じます。

話はすこしずれますが、この前のその寄付さえも、あちらの国の芸能人の人にありがちだという、掛け声だけのことだと言い放つ、あるところの書き込みを最近偶然読みました。それが本当かどうかは、彼の言葉や報道からではなくて、外の情報―彼の寄付による医療カーがちゃんと走っていることや、先の政府の内閣府が「えらく物を配布してほしいとこだわっている」と言っていたりしていたというの―からでもわかるはず。それを知ろうともしないで、そんなこと言うか…と怒りたくもなるけれど、その国の人なんだということが、新たな偏見を生んでしまっているようでふとため息をついたりします。

よく私は、新作のタイミングが…と言うけれど、今のこの状況の中ではどうだろう…と思うからなんです。「あの映画」のめちゃくちゃな映画評のことを思うと、今だともっとひどいことになるだろうとも思います。もっと言えば、インタビューなどで、彼が意図しないことを記事にされるかもしれない。それくらいのことは、当然あり得ることです。それによって、みんなが不必要なショックを受けることもあるかもしれない。そして、それが彼を追い詰めることにもなるかもしれない。まして、精魂込めて作られるものが、そんな風にめちゃくちゃにされていいわけはない。でも今は、そうなりそうな気配があります。

それでも、思わぬ時にびっくりするような形でプレゼントをくれるのも「あの子」ですよね。そして何より、私たちは、大切な俳優さんを得られた。大切な時を…。ときめく想いを…。

私は待ちますよ。守りますよ、彼を…(って、何ができるんだ?)。いただきものをしといて、そのままにはできませんからね。まして、いろんなことを知りたいと思ったのは、彼のおかげですから。そう。大切なことを教えてくれたのは、「あの子」です。