変わらない想い

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ここ数日の暖かさから一転。とんでもなく寒い日になりました。

このところ、あちこちで読ませていただいたブログの記事やこのところのあちらの動きから、思い出したことがありました。ずっと前にお話したことがある話ですが、ちょっと昔語りです。

あの空港での騒動は、多分カヤの外にいた方たちからすると想像もできないことだったと思います。「あの子」の実際の演技を見たわけでもなく、部分的に切り取ったシーンや偏った情報だけで見ていた方たちにとっては、それからのあれこれはさらに戸惑うことばかりだったでしょう。いまだに、それさえもが仕掛けられたブームだと言い張っている人がいることからしても、それがわかります(そうじゃないことは、私で証明できますけど)。

あの年のこと。そんな社会現象から、お知り合いになったお寺の副住職さんとのお話中、「あの子」の話になりました。副住職さんがお友だち(女性)に会われるたびに、どんなに彼がいいか素晴らしいかを語られすぎて参っていると言われるんです。

その気持ち分かりますよ~と思える私(^^)は、古い友だちから突然の電話があったことから、正式発足前の公式サイトをさがした時の話をしました。

彼女はパソコンに詳しくなくて、心を持っていった彼のことをもっと知りたくて、公式サイトはどうして見つけたらいいのかと、長く会うことのない私に聞いてきたんです。「検索すればいいじゃない」といって終わらなかったのは、もちろん私にも興味があったからです。

そして、検索してみたその一番上かその近くにあったのは、公式サイトの閉鎖のニュースでした(私が知る限り、2度会ったのの最初のときのです)。あららと思ってクリックしたそこにあったのは、2度目と同じ理由で閉鎖に追い込まれたことに対して、彼がマスコミに対して、これは政治的な集団じゃなくて、自分や自国の文化を知ろうとしてくれている小さな集団でしかないのに、そういうところにまで抗議のあれこれを書き込み閉鎖に追い込んだことへの抗議をしたという内容のものでした。

そんな話になりました。で、こういういう人って他にもにもいるでしょうかと聞きました。「ないでしょうね。もちろん日本にも。大抵は知らん顔して、時が過ぎるのを待るというか、保身に走るんじゃないかと思いますよ。人気商売ですからね。ひとつ間違うと、今の地位を失いかねない」というような言葉を副住職は返されました。

視察か何かで中○の小学校に行かれ、そこのトイレを借りたことで、その壁に書かれていた反○の言葉の毒々しさを目にして、これを翻すのは並大抵なことではないと思われたという話を経て、「あの国だってそうでしょう。自分のとはいえ、その日本のサイトですからねぇ。そういうことをするというのは、稀有な人じゃないかなぁ」というような言葉が続きました。

外見的な彼の立場は、そのころと変わったかもしれません。でも、心の中はどうなんでしょうね。彼にとって、それは特別なことでもなんでもなく、大切なものは大切…と思い、それを守ろうとする気持ちは同じじゃないのかなぁ。案外、あの頃といちばん変わってないのは、「あの子」なのかもしれないとも思えます。納得しないと動かない頑固さも…ね。