『光と風の間(はざま)で』総本家

総本家なんで、あれこれあります

なにごとの おわしますかは知らねども

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なにごとの おわしますかは知らねども かたじけなさに 涙こぼるる

晩年を伊勢で過ごしたという西行が、何歳の頃なのかは分からないけれど、伊勢神宮を訪れて詠んだという有名な歌ですよね。

「どんな立派な神様がいらっしゃるのかは分からないけれど、あまりのありがたさに涙がこぼれます」というような意味になるのでしょうか。

ふっとこの歌を思い出して、驚きました。伊勢神宮に行ったときの話を記事にあげたとき、こんな記事↓を書いたんですね。ご覧になって覚えてらっしゃる方もあるかも…。

http://blogs.yahoo.co.jp/hikari2038/61994346.html

お坊さんや頭を丸めた人は、私が立ったあのご神前に立つことを許されず、お坊さんや尼さんの遥拝所でしかお参りすることができなかった…。

西行は、そのお坊さんです。つまり、西行はあの御帳のところまで行ってその歌を詠んだわけではないということに、やっと…、ええ、やっと思い至ったんです。

あの神宮の神域に入っただけで、ただならぬものを感じるという方もあるそうですから、修行を深めた西行もそうだったかもしれないとは思いますが、あの御正宮への石段さえ見えない、はるかなところで手を合わせ、この歌を詠んでいたんですね…。かたじけなさに、涙こぼるる…。

ふつうにその御帳の前に立ち、お参りをしてきた私です。なんか、そのことが、そしてその言葉が妙に胸にしみました。




画像は、江戸時代の伊勢参りの人たち…だそうです。おかげ犬の姿もありますね。おかげ犬については↓に^^

http://blogs.yahoo.co.jp/hikari2038/61605218.html