伊勢神宮ヨン百物語(宇治橋の途中で)

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内宮を訪れる頃には、かなりの暑さになっていました。所によるのかもしれませんが、「38℃になるという話を聞いた」という声が聞こえてきたのは、内宮域に入る宇治橋を渡る頃です。

私、そのあたりでまたポカリ○エットを飲むつもりだったのですが、人の流れからそのタイミングを失ってしまいました。つまり、こんなに暑くないときに普通に動いても1時間はかかるといわれる内宮域に、その暑さの中、水も飲まずに入り込んでしまったんです。それでも、水分を取るタイミングはそのうちにあるだろうと、結構気楽な気分のままで宇治橋を渡ることにしました。

実は、この1年いろんな画像を見ていたせいか、私の「宇治橋イメージ」はす~っかり膨らんでしまっていて、正直に言うと、「あっ。これか…ーー;」とがっかりしたんです。でも、私のイメージとは違いましたが、りっぱな橋であることには間違いなく、そこからの景色もとても快いものでした。

宇治橋を半分くらい渡ったとき、その下を流れる五十鈴川の中で、対決するように向かいあう2羽の鳥を見つけました。「何やってるんだろう」と、カメラでズームを上げて見ていたときのこと。「俺、ここでアレ見ると、ここは日本や。俺は日本人やと思うねん」という声がしました。ふっと振り向くと、そこにいたのは、大学生かなって感じの男の子たち4人組でした。

「お前は右○か…」とかからかわれる彼の目の方向には、風になびく旗がありました。「そやかて、誇らしい…いうか、そんなん思わへん?」。彼は未だも言います。「はいはい。思う思う。行こ行こ」とかる~くかわし、その肩を叩いて先を急がせようとする子がいたり、「わからんでもない。ここでなびいてる姿はかっこええもんな」という子がいたり…。すっきりしないらしい彼を含んだ4人は、立ち止まる私を追い越していきました。

そのとき、「あっ」と思う事がありました。実は、あれこれ神宮のことを調べながら、思う事があったんです。神宮に関するものを読んでいると、「伊勢神宮は、日本の神の中心。日本を、そして日本人を2000年にわたって守ってきている」というような言葉を何度も目にします。そのたびに、心のどこかでこんな疑問をいだいてたんです。「それだったら何故、あの震災から人々を守ってくれなかったのか」と。何の罪もない人達が亡くなり、とんでもない数の人がどれくらい悲嘆にくれたかわからないあの出来事。そして、今も続いている出来事。3.11のことです。その直接の答えは今も出ないけれど、その子の言葉を聞いていて、ふっと思ったんです。少なくともあの出来事は、私にとっては自分の中の「日本」を意識させてくれた、って…。

外国の悲惨な戦争や自然災害などのニュースを見て、心を痛めることはあっても、正直に言うと、自分の中のどこかで、「よその人のこと」という想いがあったように思うんですね。その部分を踏まえての、悲しさやせつなさだった、と…。でも、あの日の出来事は、もちろん実際に災害に見舞われた方と同じ想いではないけれど、「(自分なりの)当事者としての痛み」を感じさせてくれたように思うんです(という言い方は変かな…)。そうでなきゃ、あんなに引っ張らなかったし、心の中で今もこだわってはいないでしょう。同じ国の同じ日本人としての痛み―。

おかしな話だけど、あれから、日本をたくさん知りたいと思うようになりました。新しいところはもとより、大好きな京都だって、地元だって、興味はあっても行ってないところや、見た事がないものってたくさんあるもんな~って。母が行きたいと言い出した事がきっかけでしたけど、もしかしたら私の中にも、ここを訪ねてみたいという想いが、自分で気づかないうちに、いつからか大きく育っていたのかもしれませんね。

炎天下、川の中では鳥の喧嘩(?)が続いています。でも、それをいつまでも見るわけにもいかないので、私は気を取り直して、ベストオブ神社の中央部に入っていくことにしました。

ところで、向かい合うこの鳥たちの姿は、私がこの橋を渡って帰る時もまだあったんですよ。同じように、来るときにそれを見ていた人がいたみたいで、私の後ろで、「あの鳥…。あいつら、まだやってる。すげぇなぁ…」という声が聞こえました(笑)。縄張り争いなのか、雌でも争っているのか…。2時間近くの間、ずっと動かずに互いに威嚇するように羽を広げている姿に、「そのうちひっくりかえるよ~。そろそろ帰んなさ~い」と心で呼びかけた私でした。