伊勢神宮ヨン百物語(ひとつめの出会い)

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伊勢でのお参りは、猿田彦神社から始まりました。そこは、そんなに広くはないですが、とても開放感のある神社でした。主祭神は、猿田彦(さるたひこ)大神。神々がこの大地に降り立ったとき、その道案内をしたことから、導きの神と言われるようになった方です。ちょっと調べてみたら、人生の岐路にあるときや、大きな決断をしなければならないときに行くとよい導きをしていただけると言われているそうです。そして、一説には、(神宮のHPにある神宮の歩き方にはないのですが)、ここに寄ってから神宮に行くといい…という話になっているらしいですよ。

遠い昔はここではなく、同じ猿田彦大神を祭る二見興玉神社(夫婦岩があるところです)にお参りし、そこの海に浸かって禊(みそぎ)をしてから神宮に、というのが決まりになっていたそうです。同じ猿田彦さんをお祭りする神社が内宮のごく近くにある。少し離れた二見まで行かなくてもここでお参りを…ということになっていったのかもしれません(もちろん今も、禊はともかく、二見興玉神社にお参りしてから神宮にいらっしゃる方も少なからずあるそうですが)。

ところで、この猿田彦さんのこともそうですが、神宮に関するあれこれを調べていると、「『古事記』にこう書いてある」とか、「こういう話がある」…とかいう記述が多く出てきます。その中には、落語の『じゅげむ』までではないものの、とんでもなく長ったらしい名前の神様が出てきたり(このあたりで、すでにわけがわからなくなる私)、自分の6代前の祖先と結婚した神様がいたり、奥さんがワニだったり…など、びっくりするような話が出きたりしますよね。

そしてもうひとつ。今年はその『古事記』が編纂されてから、1300年になるそうです。そのために、『神々の国しまね~古事記1300年~』なんてイベントが開催されることになり、山陰では少し前からよくそのCMが流されているんです。

それで気がついたんですが、神宮が約2000年の歴史を持つとしたら、その歴史についてやたらに引き合いに出される『古事記』は、それから約700年後の著作ということになります。今の時代に生きる私たちが、「鎌倉時代にはこんなことがありました~」と、その頃のことを自分が経験したことのように語るようなものです。『古事記』をもって「これが事実です」というにはかなり無理があるように思えるんですよね(内容が内容だしね…)。

だから私は、それを、「そこに人知を超えた力なり想いがある」と伝えるためのたとえ話としてあるものだと捉えることにしました。そんなわけで、私がお話しするのは、すごくアバウトな話だと思っていてくださいね。

さて、お話は猿田彦神社に戻ります。先に言っときますが、私は「そういうこと」にとても敏感だという方ではありません。だから、私が感じたのがどういうことなのか、そういうのはま~るでわかってないのですが、ここは面白いところだとは感じました。

その強弱はあっても、あちこちの神社で感じる「守られたスペース感」が、ここには全然ないんです。むしろ、何でもウエルカム…というか、とてもオープンに全部のこととつながってる感じがする…というか。そういう開放感がとても気持ちいいところでした。

その境内、猿田彦神社の拝殿を背にして左奥には、もうひとつ小さな拝殿があります。これは、猿田彦さんの奥さん、佐瑠姫(さるめ)さんを祀ったものなのですが、この方について、ちょっとおもしろいお話があるんです。












(後でお話しますが、写真は2回目にお参りに来たときのものです。ええ、2回目にね…^^;)。