「思う」はすごいことなのかもしれない

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用事のついでに、友達と二人、「伯耆国(ほうきのくに。鳥取中西部に当たります)一の宮」と呼ばれる「倭文神社(しとりじんじゃ)」に行ってきました。

山の方にずんずん進み、民家からも離れ、あまりにそれらしきものが見えなくて、「道を間違えたのかなぁ。このまま進んで大丈夫かしら?」と思ったあたりで、その神社への矢印の標識が見えてきます。それくらい山の奥の方にある神社なんです。

歴史は、平安時代にはすでにあった…としかわかっていないそうで、結構古い歴史を持つ神社なんですね(ここの宝物は国宝ですが、ここにはなく、国立博物館に収蔵されてしまっているらしいです)。ご祭神は、織物の神様の建葉槌命(タケハツチノミコト)と大国主命の娘さんの下照姫命(シタテルヒメノミコト)のほか、大国主命さん関係者5名の方々。

倭文神社というのは、その当時織物の産地だった日本各地にあって、その主祭神はその建葉槌命なんですって。でも、ここでは、その建葉槌命と、この辺りに関係の深い下照姫命(およびその関係者)を加えて祭神としたらしいということです。

実は、ここではその下照姫命の方が有名です。「古事記」によると、この下照姫命さんは出雲を出てこの地に落ち着き、ここで亡くなった…とされているそうで、安産や病気のあれこれに尽力したという下照姫命さんが安産の神様としてあがめられているんです。このあたりでは親しみを持って、「一之宮さん」と呼ばれています。

さて、安産には関係のない私ですが、この頃どういうわけかここに行きたいなと思えてしょうがなかったんですね。だから、急に友達からその近くに一緒にと声がかかって、「ラッキー!」と寄り道を申し出たんです。

ほんとに地味~な神社なんですけど、何と気持ちのいいところだったか…。ほとんど森林浴状態の長い参道の辺りでも、神殿の辺りでも、とっても心地よい風が吹いていたんです。夏日だったんですけどね~。何だかうれしくなってしまうような快さでした。奇しくも友達が言ってましたね。「私は来たかったわけでもないし、どうしてだかわからないんだけど、ご褒美を頂いたような気持ちになれた」って…。

感謝という一言が浮かびました。ただ、そう思っていただけなのに、突然かなってしまうって事があるんですね。それも、こんなにもいい気持ちで…。思うって、すごいことなのかもしれません。