ぺ・ヨンジュン学(その1)

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少し前から思っていたことがあります。この間、それを裏付けるような文章に出会って、やっぱりそうだよね~と確認したんです。それは、「どんなことでも、つきつめて知ってきたことは応用できる」ということ。

この間出会った文章というのは、某大学の先生の文章です。「講義中、とても迷惑な学生がいて、外に出させた。それにカチンときたのか、その中の一人の学生が、講義のたびにいちばん前に座るようになった。最初は嫌がらせのためだったようだが、そのうちに段々と態度が変わり、実に的を得た質問をするようになった」というお話なんです(概要ですが)。

その学生に聞いてみると、彼は、「自分はバンドをやっていて、ライブハウスに出ている。音楽については突きつめて考えてきたから、そこに自分なりの考え方の鋳型のようなものができていて、それ以外のことでも、その手順を応用して考えを進めていくと、いろんなことが理解できるようになった」というようなことを答えたらしいんですね。先生は、このことを「自分の歯でかむ」という言い方をしていらしゃいました。

自分の歯で噛まずにいると、ちょっとした情報を「そのまま信じて」しまい、自分が「操作可能な人」になってしまっていることにさえ「気がつかなくなる」。ところが、「どんな個別的なこと」でも、突き詰めると「そうされない力」が付くものだ。

先生のお話の結論は、こんな風になっていました。実はこれ、宗教学の話なのですが、私はそれを「ペ・ヨンジュン」という題材でもありえるな~と思ったんです。

何より日本で、それも自分の場所で彼の情報を得ようと思えば、パソコンというパンドラの箱に頼るしかなかった。これは、大きい出来事だったと思います。それによって、いろんな角度からの情報を得ることになったのですから…。

「少し深堀り」して彼の情報に触れている人なら、それも、公式サイト正式発足前あたりから知っている人なら、彼が日本のマスコミから、そして、あちらのマスコミから、そして某サイトから…、どう思われ、どういう風に扱われてきたかをそれなりに知ってらっしゃるでしょう。そして、その中で彼がどうあろうとしたか…。それも知ってらっしゃると思います。

さらには、あちらでの彼の記事に多く触れるようになったことで、あちらでは「本当にあったこと」が書かれているのはそのうちの数行で、あとは「(書いている本人やその人が含まれる団体にとって都合のいい、あるいは、こうあってほしいと思うような)創作」や「角度の限られた自分の意見」をてんこ盛りにして書くのが記事だと思っている人が多いようだ、と感じた方もあるんじゃないでしょうか。

それは、あちらのマスコミの全体なのか、芸能マスコミに限ったことなのかまでは分からないとしても、とにかく、その経験で、「どうも信じられるのは、言動を含めた彼の行動だけなのかもしれない」と思うようになった方も多いのではないかしら…(それでも、時々その危うげな情報に振り回されそうになることも、まだまだあるんですけどね…^^;)。