「けがれ」って、そういうことか

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 ひょんなことから、思わぬことを知りました。ほら、「罪穢れ」という言葉がありますよね。その「けがれ」のことです。

「けがれ」という言葉の意味は、心の汚れのように思っていませんか? 私はそうでした。よくお寺などでもそういうのを払う儀式があるし、雛流しにも、健康に成長できるようにと言う願いがあるとともにそういう意味がある…と聞いたことがありますが、それって、どうも神道では違うらしいんですよね。いや、そういう意味でも使われているところがあるかもしれませんが、そうではない、違うんだよという話を聞いたんです。

 「気」というものは、もともとバランスの取れたもの。どこが出っ張っているわけでも、引っ込んでいるわけでもない。イメージとしては、元々まあるい状態であるということが前提だというんです。それを誰でも持っているんだそうです。

 人は生きているうちに、腹立たしいこと、悔しいこと、ショックなこと、哀しいこと、苦しいことなんかに見舞われますよね。それで、時には人を憎んだり、うらやんだり、さげすんだり、目いっぱい落ち込んだりと、ネガティブな想いに陥る。そういう心持は、すなわち、まあるいはずの「気」を損なう=「気」が欠ける、ということ。それが転じて、「気(け。気配…とかいいますね)欠れ」なんですって…。

まあるい気の一部が欠けている状態…。それが健康的な心の状態であるはずもなく、そのままでいると、何かを損なうことになる。何とかそれを戻してやらないと…。そのために、いったいどうしたらいいか、といえば、それはお寺や神社でお払い(という儀式)を受けることでもなんでもなくて、当然お金も必要ない。唯一、笑うことだというんです…@@;。

えっ? 笑えばいいの?…って思いますよね? そう。笑えばいいんだって…。とにかく笑うこと…。お笑いを見てもいいし、コメディ映画を見るとかでもいいかもしれない。親しい誰かと馬鹿っ話して、笑い転げることでもいいし…。そうしていると、心が軽くなってくる。つまり、笑うことで自然治癒して、まあるい状態に戻っていくってことなんでしょうかね。それこそが、「お払い」なんだそうな(となると、もしかしたら、思いっきり泣いたりする事も、お払いになるかもしれないですよね)。

「気」はもともとまるいもの…という考えが新鮮でした。あなたの気は今、まんまるですか?












(たとえば、これ↑も、けがれの状態…ですよね?)