ただ一人助けられて…

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このところの、あれこれの中で思い出すことがあります。友達の大おじ様が(お祖父様のご兄弟ですね)の言葉です。

先の戦争のとき、戦地に赴く年齢より年かさだったそのおじ様(以降、おじ様で通します)は、エンジニアとして中○大陸にいらしていたそうです。そこで、青年たちの指導をされていたらしいんですね。

そんな中、戦争が終わり、そのおじ様のいらしたところでは、戦いに加わっていようがいまいが、「とにかく日○人はみな処刑する」ということになったのだそうです。もちろん、そのおじ様もその対象です。

おじ様は、死を覚悟されたそうです。そして、刑場に連れ出される前、「温情だ。便所に行って来い!」ということで、連れて行かれた時のこと。

そのトイレともいえないような場所の、窓といえない場所の隙間から、おじ様はある青年を見られたそうです。それは、おじ様が教えてらっしゃった青年の一人でした。彼は、真っ青な顔をしてそこに立っていたと言います。おじ様は、彼の気持ちが手に取るようにわかったそうです。だから、「わかっている。いいんだ。もういいんだ」。そんな想いで、何度かうなずいて見せたんですって…。

さて、それでは刑場に…という時でした。突然先ほどの青年が、おじ様に飛びついてきたんだそうです。よってたかって引き離そうとしても離れず、彼は興奮して叫び続けたんですって。

「この人をなぜ殺す! この人が何をした! 俺は、この人に殴られたことも、怒鳴られたこともない。この人は、俺たちのためになることを教えてくれた。この国のためになることだ。なのに、そんなことをしていいのか。この人をなぜ殺す! なぜ殺さなければならない! この人を殺すなら、俺を先に殺せ!」

長い時間だったようにも、短い時間だったようにも思えるその時間のあと、おじ様は助けられました。たった一人…。

日本への帰りの船の中で、そして、帰ってからも…、おじ様はずっと考え続けていらしたそうです。「何故私ひとり助けられたのか」と…。もちろん青年の行動がきっかけではありましたが、それが求めていた答えではありません。そして、たった一つの答えにたどり着かれたといいます。それは、この経験を語り続けること…。

自分の兄弟の孫である友達などを前にして、おじ様は、「自分が生きている限り、この経験をお前たちに何度でも話して聞かせる。暗唱できるほどになってもだ。そうすれば、お前たちの口から、誰かに伝わるときが来るかもしれない。こんなうるさいジジイがいたと、話すときがあるかもしれない。いや。あってほしい。そうさせるために言い続けるんだ」と言われる、その口調まで思い出せると友達は言っていました。

「中○人が…だの、○国人が…といっても、みな同じじゃない。それぞれ心を持っているんだ。いいか。十束一からげにして人を決め付けるな。大事なのは人だ。ちゃんと向かい合え」。

この国に関わるいろんなことを目にするたびに、このおじ様の言葉を思い出します。その心ある人はどこにいるんだと思うときもあるけれど、もしかしたら、これを話し出した私も、その語り部の一人になってしまったのかもしれません。