『光と風の間(はざま)で』総本家

総本家なんで、あれこれあります

北風と太陽(増税異聞その3)

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 話はちょっとずれますが、県庁に勤めていて、最近定年になった従兄が、時間ができたからと我家にお墓参りにきてくれました。従兄の家は、大農家。おば、それからおじが相次いで亡くなり、定年した後、その広大な田んぼを受け継ぐことになったのですが、従兄は、その預金を整理するために出かけたJAで思わぬことを聞かされたそうなんです。

 ずっとJA の役員や、地元の取りまとめをしてきて、大きな寄付などもたびたびしてきたはずのおじの預金は何と1円もなく、農業をつづけるために買いそろえた農機具の代金数百万円が完済されていない。つまりは数百万円の負の遺産が残ってるだけだったというんです。

 今様の農業をする人にとって、大型農機具は欠かせません。その一台の金額も、百万円台はざらだそうです。広大な農地を一人で耕作していたおじは、かなりの農機具を揃えていて、それの減価償却もできないまま病気で旅立ってしまった(というか、80を超えてもまだやる気だった)、ということのようなんですが…。お商売の方もそうですが、考えてみれば、農業従事者の年金収入は月に数万円。生活さえやっとだのに、数百万円は簡単に払える金額ではないですものね。

 当然遺産分けがあると思っていたほかの兄弟と揉め、そのすべてを支払うことになった従兄は、「(おば夫婦が使っていた)老朽化した家の処分や、JAの赤字の穴埋めで、1000千万近い費用が必要だった。退職金からそれだけのものを出すのに涙が出た」と、ため息をつきました。

 「それでも、やるの? 下手をすれば、年金をそっちに回さないといけないかもしれないよ」と、同じ共済関係の仕事をしていた母が聞きました。

 「やるよ。この時代、田んぼを売ったっていくらにもならない。あの農機具を売ったって、二束三文…。それなら、頼まれる限りは時々嘱託の仕事に出て小銭を稼ぎ、田んぼをやるという道しか俺にはない」と言うんです。

 そして、「それ以上に、農業のセクションに長らくかかわってきた自分には、ボランティアとして農業をやるという決意がある。たいした稼ぎにならなくても、日本の農業の底辺を支えていくというボランティアだ」と。その言葉に、ちょっと感動しました。でも、これも農業以外での、今の年金額ありき…の話なんですよね。

 さて、更に話はずれます。わたしね、ずっと思っていることがあるんです。税金って、言葉は悪いけど、「これだけよこせ!」って、お金を取り上げるようなものじゃないですか。今回など言葉こそ、「ご理解いただいて、辛抱していただきたい」という感じですが…。
 
 思うんだけど、国はどうして、人を喜ばせてお金をもらおうという気にはなれないんだろう…(ここがタイトルの所以です)。たとえば、ですが、音楽関係でいえば、高齢者といわれる方向けなら、今年のカレンダー販売でトップクラスの、氷川○よし君あたりのコンサートを、多少料金高い目でもいいから事務所やレコード会社とともに企画して(一部関係企業の税金免除とかいうメリットを設けて)、必要経費を除いた収益を国の収入にする…とか、もっと下の年齢の人なら、AKBでも嵐でもいいから、特別なプログラムのコンサートを企画してみるのもいいかもしれない。そういうのに来れない人には、喜ばれるようなグッズを企画して販売する…とか、そういうことは考えられないんだろうか…。もちろん、コンサートやグッズのことに限らない。ほかの部分で、みんなを喜ばせて収入を得られることなら、なんでもいいわけですが…。

 人は北風に吹かれたら、コートのボタンを閉じ、身体を固くしてしまうということを、国の中枢にいる方達が、頭の端にでも置いておいてくれたらいいなと思います。それは、その風に吹かれている人達だけでなく、吹かせたほうにもいいことはない。そんな気がするんです。

 なんてことを言ってみても、所詮は素人の考える、犬の遠吠えなんですけどね…^^;。









(さしずめ、↑のかたなどは、太陽系といえるかもしれません…)