必要なのは気分転換

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「ああ…。やっぱり、あなたもですね…」

 3週間に一度血圧でお世話になっている医療機関で、「前回の血液の検査ではすべてが正常値以内。特に問題となることはなかった」ということを教えていただき、血圧を計っていただいた母が、ため息混じりに先生に言われたという言葉です。

 「何がでしょう?」と、母は当然尋ねたそうです。「みなさん、血圧が高いんですよ。それもかなり…」と先生は答えられたとか。血液検査からも、ほかの問題はないだろうと思われる母のような人まで、ことごとく。

 地震災害のショックだと思うと先生は言われたそうです。もちろん、その場にいた人と比べると、相当軽いものであることは間違いないけれど、テレビで伝えられる映像(かなり配慮された映像であったようですが)を見たり、刻々と伝えられる原発のトラブルを見聞きしたりしていることが、遠く離れたこの地域の人にも十分にショックを与えているということだろう、と先生は言われたそうです。

 テレビをつければ、その話題。つらくなるから見ないようにしようと思っても、やはり気になって見てしまう。何かやろうとしても仕事が手が付かず、心ばかりをつらくする。そんな状況が体に言い訳はない、と。

 「そういうことですから、余分な薬は出しません。もうすぐ桜も咲きますから、そのあたりに花見にいらしてみればどうでしょう。必要なのは気分転換ですよ」

 言われてみれば、です。私だって、心が元気でないと後ろでがんばれないからと、なるべく離れよう離れようとしても、そして、関係ない記事を書いてはいても、やはり落ち着かないし、実際は心があの災害のことに戻ってしまうのですから。

 
 話は変わりますが、母の友達で私の同級生の母でもある、あるおばさまは、この前の日曜、突然その同級生に車で連れ出されたそうです。近くの道の駅に…ということだったのに、方向が違う…。「どこに連れて行くんだ。ちょっと早い姨捨山か」とか冗談を言っても笑わない。「どこにあるのか知らないが、これはやっぱり姨捨山か」と、携帯(電話)と1万円入った財布、そして、あとはハンカチとティッシュを入れただけのエコバッグを握り締めて、一瞬本気で思ったとおばさま(そんなわけ、ないでしょうよ…^^;)。

 ところが、車はどんどん高速を進み、瀬戸大橋を超えていく。そのときになっておばさまは、はたと気が付いたそうです。「あんた、高知に行く気だろう」。そのときになってやっと同級生は、「うん。連れて行くと言うと、何を着ていこうかとか、あれをしといてからでないととか、やっぱりやめるとかうるさいことを言うに決まっているから言わなかった」と白状したらしいんです。

 実は、彼は高知で大学生活を送っていたんです。大学生になるとき、お父さまが長い入院生活をされていて、お母様もそちらで手一杯でしたから、大学生活のあれこれ―授業料とアパート代以外のお金を含める―を、自分でなんとかしたらしいんですね。それから遥かに時が過ぎた今も、おばさまは、「あんたがどんなところで、どんな大学生活を送ったのかまるでしらない。何もしてやれなかった」と時々口にされているらしいんです。

 「桂浜とか、そういう名所には連れて行ってもらったけど、生活していた所には行ったことがなかった。自分も行ってみたかったのかもしれないけど、そこを見せてやろうと思ったらしいの。このごろ、地震のニュースを見てはため息つきつき寝てばかりいたからね…」

 実は、おばさまは今、御主人と同じ病気を抱えてらっしゃるんです。今現在は大きな問題はなく、日帰りの強行軍をこなせるほどお元気ですから、今度のことは母の主治医の先生の、「必要なのは気分転換ですよ」の一環で思いついたことだとだと思います。そして、おばさまは言われました。 

 「うん。確かに気分転換にはなったけど、帰りに思ったのよ。こんな急なことをするようじゃぁ、私相当悪いのかもって…」

 逆に心配させてるし…ーー;。