『光と風の間(はざま)で』総本家

総本家なんで、あれこれあります

アカシックレコード2(アカシックレコードとは…)

イメージ 1

 台風9号は、今山陰沖を通過中だそうです。とんでもない暑さをもたらしているものに包まれているここにはやってこないらしくて、時折強い雨が降るくらいですんでいます。異常気象も、悪さばかりをするわけじゃないんですね…^^。

 さて、昨日の話の続きです。今日は、本を少しだけ読み進めたのと、これまでに見聞きしてきたことの中から、「『アカシックレコード』とは何ぞや」というお話です。

 (私なりにまとめちゃっていますので、「何じゃそれは…ーー;」と思う方もあるかもしれないですが、話のひとつとして、「あったらえ~の~」的な気楽な感じで読んでみていただけたらと思います。というか、私もまだ半信半疑なんですけどね)。

 まず結果から言ってしまうと、アカシックレコードとは、巨大な…というより、壮大な記憶のデーターバンクなんだそうです。その記録は、地球が始まった頃から、この先何百年か先までのあらゆる範囲に及ぶらしいんですよね。

 アカシックレコードとあらわされるものには、二つのものがあります。ひとつは、「あらゆる出来事が記録されている全体」をあらわすアカシックレコード(これを「アカシャ」と呼ぶ方もあるようです)。アカシックレコードが「人生の書」とも呼ばれることから、あらゆるジャンルのそろった巨大な図書館のようと言う方もありますが、その中には、個人の過去世から現世、そして、来世の出来事がしっかりと書いてあるものも含まれている。これが、もうひとつのアカシックレコードです。自分が生まれてきた目的…というのも、この中にあるそうです。

 違う表現としては、「アカシックレコードは、インターネットの世界に似ている」というのもありました。たとえば、検索すれば、世界のどこからでもこのまったりブログを探し出し、見ることができ、逆に、自分の部屋にいながらにして、地球の裏側のピンポイントの情報を引き出すこともできる。それと同じだというわけです。

 ただ、アカシックレコードとインターネットの情報とでは、まったく違う部分があるらしいんですね。アカシックレコードに書かれているのは、行動だけで、そこには歪曲も差別も偏見も存在しない(ネットは…、ご存知ですよね?…^^;)。

 だから、その出来事をどう捕らえるか、というのが重要になるのだそうです。それを偏った目で見てしまうと、まったく違う事実としてとらえてしまうことになる。それでは、それを探す意味がない。あくまでも客観的に見ること…。それが条件なんだそうです。

 また、その中で見られる光景は、誰かと誰かでも、あなたと私でも同じ。まったく同じものを見るということ、そして、昔からそれを使ってきた人がいるアカシックレコードでは、自分のアカシックレコードだけではなく、「誰か」の何かを見ることも、日本の未来…とかでも見ることができる…。そういうものらしいんですね。

 こういうものが存在するという話がある。ここまではわかっていただけましたか?