『光と風の間(はざま)で』総本家

総本家なんで、あれこれあります

拾い物の出会い

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 前の記事で気になることはありつつ、ちょっと気分転換にこちらを。

 さて、3Dを見た日、ちょっと早めにホテルを出かけました。実は、その道をさがる(南に行く)のはえらく久しぶりだったので、ぶらぶらと辺りを眺めながらのんびり行こうと思ったんです。お話したホテルは二条にあるのですが、最近は地下鉄で市役所前駅まで行ってしまうか、河原町通か鴨川沿いを行くことが多くて、ここを行くことが少なくなってきてたんですね。

 小説で読んだことのある高瀬川(小説は『高瀬舟』でしたね)沿いをゆるゆると歩き、本能寺を過ぎて、「ああ。修学旅行の子が写真撮ってるわ」なんて思いながら、歩いていると、まるでその気配を消すようにひっそりとお寺がありました。お寺というより、こじんまりとした神社という感じなのですが…。

 「矢田寺だ…!」

 それはずっと前に、やたらに行きたかったお寺でした。ここには、苦しむ人々の身代わりになって、その身を炎に包んだ姿の「代受苦地蔵」さんがいらっしゃるんですよ。炎に包まれた仏さまって、見たことがないでしょ? 美術的な価値がどうのこうのより、そんな風に人々を守ってくださってるんですよ~という逸話のある仏さんが、私にはとっても愛情が涌くんですよね^^。

 そして、六道珍皇寺にある迎え鐘(お盆に帰ってくるご先祖さん達に、こっちですよ~と教えるために突く鐘)に対して、ここには送り鐘(お盆の終わりに、迷わずにあちらに帰ってくださいね~と伝える鐘)があって、みなさんに親しまれていると聞いていたので、そういう儀式に一度触れてみたいと思ったんです。その上、ここは縁結びのお寺。そのお願いもしてみたかったし~(爆)。

 残念ながら我が家にはご先祖があり、その時期人の出入りも結構あるので、結局行けないままに終わっていたんです。ただ、どうしてその時期にそれほど行きたかったのか、今となればまるでわからないんですけどね…。

 それにしても、以前はこの前を何度も通っていたはずなのに、何で気づかなかったんだろう。ここをあがる(北に行く)のと、さがるのとで視線の動きが違うからかなぁ…。

 ところで、以前話したことがあったでしょうか。お寺や神社のお守りやお札は、儀式や大祭などがないときでも、境内が綺麗に掃き清められている、自分で空気がいいと思ったところでいただきなさいと教えられていました。境内といえないほど小さな空間は、そのとおり綺麗にされていましたし、何人ものご近所さんらしき方が手を合わせに来られるんです。人によっては送り鐘を叩いていかれる方もありました(これがいい音だったんです! 私も叩きたかったけど、やめときました。けっこう響くんだもの…。何度もゴンゴンされてもね…)。ここはみなさんに大切にされて、愛されてるようです。

 さて、人が途切れたので、お線香とろうそくを立てさせていただいて、私も手を合わせます。と、面白い事があったんです。実は、その前日も一箇所だけそれがあったのですが、周りと関係なく、ふわ~っと心地いい風が来たんです。前日は、その本堂の広さゆえの特別な風の通り道があるのかしらと思っていたのですが、ここはまったく囲まれた場所。まして無風のその時は、ありえない風でした。

 その理由は、私にはトンとわかりません。想像力にも自信がなくなってきてるし…ーー;。が…、そんなことがあった場所なので、もし三条寺町、本能寺の辺りに行かれて、気が向いたら、行ってみてくださいとお勧めしておきます。ここはすごいパワースポットですとか、言われてる場所ではないんですけどね…。