黒いトンボ

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 先月、全身まっ黒いトンボが飛んでいるのを見ました。黒いトンボを見たのは初めてだったので、本人興奮して、「黒いトンボが飛んでたよ」と話しても、大して興味をもたれることもなく、「葬式でもあったのかしらね~」とかる~く流されてがっかりしていたのですが、つい先日、新聞にその黒いトンボのことが書いてありました。

 その方は、子供の頃はよく見ていたそうです。ずっと見なくなっていたのが、つい2年くらい前からまた見るようになった、と。韓半島から日本、ロシアの一部に分布し、水辺近く、それもきれいな環境でないと生きられないという、「ハグロトンボ」とも「オハグロトンボ」とも呼ばれるそのトンボ。「それがまた見られるようになったということは、この辺りの環境が(そのトンボが)住めるような状態になってきたということだろうか」と、書いてらっしゃいました。

 話は少し変わりますが、前に書いたことがあるかもしれません。ずっと前にある新聞のコラムを書いていたときのことです。私の担当は、スポーツ担当が兼務でやってくれていたのですが、彼女がうちに来てぼやいていたことがあったんですね。

 ある競技の大会で、とても感動したことのある彼女は、スポーツのすばらしさを伝えたくて新聞記者になったのだそうです。ところが、いろんな協議で感動させてくれた選手や試合のすばらしさを伝えようとする彼女に、デスクは、「お前はこいつのちょうちん持ちか!」と、原稿を投げ返したのだそうです。

 「誰でも知ってる、いいところなんていらない。人の知らないこいつの弱点、こいつのだめなところを見つけて来い!」。そう言われたそうです。「そうしないと、認められない。せっかくなった記者なのに。でも、ほんとはそんな記事を書きたくはない。そういう毎日にほとほと嫌気がさしている」、と彼女は言っていました。

 「いやいや書く記事を読まされる、読者こそいい迷惑。そんなにいやならさっさとやめなさい。それがいやなら、そういうデスクをうならせるくらい『感動させる』記事を書くべきだ」…と、今の私なら言うかもしれないけれど、その時の私には、そうは言えませんでした。「そんなこと言ったら、せっかくのコラムの仕事をだめにするかもしれない」とかいう大人的思慮(^^;)のためではありません。もともと結構青臭い奴なので(^^;)。思いがけない「裏の現実」に、うまく対処できなかっただけなんですよね…。

 ある程度詳しい人から見たら、たいした検証もされておらず、いかに調べてないかということが丸見えの憶測や中傷記事を読み、不愉快になったり「馬鹿じゃないの!」とつぶやいたりすることがあるけれど、そんなことがあったものですから、時々は思うんです。「これはこの人の本心だろうか。それとも社の方針だろうか…」って…。後者の場合もあるってことですから…。

 ただ、署名記事は、そのせいにはできません。その人本人の負う責任は大きいです。なのに、その人はどんな想いでそんな記事を書いたのでしょう。ありもしない憶測や、自分の偏好で記事を書き、誰かを非難したり、貶めたりすることが、自分の使命だと考えているんでしょうか。それとも、そうすることで誰かの溜飲を下げられて、よく言ったと褒められればそれでいいと考えているのでしょうか。それを記事にする社も、何をかいわんやですが…。

 そんな人のところにも、黒いトンボは飛んでるんでしょうか。