雛流し

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以前一度書いたかと思うのですが、鳥取市南東部の用瀬町では、毎年旧暦の3月3日に、ひな祭りに関する行事が行われます。その行事の一番の見せ場は、夕方近くに行われる、地元の女の子達が着物を着飾っての雛流し。男女一対の土雛を載せたさん俵に、季節の花やあられなどのお菓子を載せて、すこやかに過ごせるようにと祈りながら川に流すのです。

 それに先立って、一般参加の雛流しも行われるのですが、そこに私も参加してきました。実は去年父の回復を祈って参加するつもりでいたのですが、結局いけず、そのままになっていたのです。金曜日に父の一周忌を終え、来てくれていた母の姉をちょうどその時に送って行ったので、そのまま参加することにしたのです。

 母と叔母も、それぞれの願いを込めて流すんだと、やる気満々でそれに同行。混んでいるかと思いましたが、かなり早い時間に行ったので、わりとスムーズにその列に加われました。夕方近くになるともっと増えるんでしょうが、カメラの列もすでに少しはスタンバイ。さて、何を願いながら流そうー。

 叔母は、「私は無病息災よね~。元気で過ごして、ある日ぽっくり行きたいから~」。(ある日、ぽっくりね~^^;)。母は、父の亡き後のことを祈るというので、さて私は…と思った時に思い出したことがありました。実は少し前に、母の親しくしているおばさまに、ある言葉をかけられたことがあったんです。

 ある日買い物から帰ってきた母が、そのおばさまが、最近ウォーキングする私と会わないと言われたというんですね。もろもろのことでバタバタしていたこともありましたが、体調が今ひとつだったことや、どうも気分が乗らなかったこともあって、そのときさぼりぎみだったんです。

 その日の夕方、私のウォーキングする道の途中にあるそのおばさまの一坪農園(リタイア後、そこで花やたまねぎ、白菜、ねぎなどを作ったりしてらっしゃるんです)に寄ってみると、いらっしやいました。「顔見せに来ましたよ~。元気でやってますからね。それじゃ~」と行きかけた私を、手招きするおばさま。「何でしょう?」と立ち止まった私のそばにやってくると、こんな話をされました。

 「あんたは、ひどい認知症だったおばあさんを家で看てきた。その大変さは、同じような舅を持ってきた私にはよくわかる。で、今度は、お父さん…。毎日みたいに、あんたが出掛けていくのを私は見てきた。よくがんばったと思う。でも、もういい。もう家のために、はやめなさい。もう十分だ。もうあんたはあんたのためだけの幸せをつかみなさい。それが一番の親孝行なのよ。それこそが、お母さんがいちばん願っていることなんだから…。わかった? わかったら、行ってよし!」

 言いたいことはありましたが、そのままにお別れを告げて歩き出しました。家のためにー。それは、実は私が一番嫌いな言葉だったんです。家のためという言葉が、家族を大切に思うこととは全然違うことだと、ずっと思ってきたからです。それが嫌でした。

 人あってこその家。その「人」が報われないで、何が家だ、私はそう思っていました。私が祖母を看てきたのは、家で仕事を始めていて、その姿を見ていたからであり、その介護でやつれていく母の助けになればと思ったからでした。そして父の場合は、それが自分の父だったからです。家のため、などではなくて…。それに、私は自分のやりたいことを全然やっていなかったわけではありません。家で仕事をしているのでわかりにくかったのかもしれないし、確かに思うようにとは行かなかったけれど、時には取材旅行にも出掛けていましたし…。


 でも、そう見えてたんだな~としみじみと思いました。そして、気にかけてくださっていたということも(感謝…)。そして、「自分のためだけの幸せ」ってことばが、心に渦を巻きました。その人毎に幸せって違う。どうなることが私の幸せなんだろう。やりたいことを片っ端からやっていくことか、誰かの役に立つことか、誰かの元で暖かな時間を過ごすことか…。その時は、そんなことを思いながら残りの道を歩いたのですが、忘れていたはずのそのことばが、何を祈ろう…と思った時に、ふっと浮かんできたんです。

 結局、私が選んだのは、「私のためだけの幸せっていうのに、一日も早く出逢わせて下さい」。誰に何を祈っているんだか…^^;。答えはどこからくるんでしょう。