ガイドブックを作るということ(後編)〈自ら祝!気がつけば、ヨン百記事越え^^v〉

イメージ 1

 前回の続きです。

 さて、家の事情から、去年はまったく手をつけられなかった、「観光客による観光客の為の、京都の有名どころを多く取り上げた、その上ほとんど(あるいは、あまり)一人旅をしたことのない高齢者向けガイドブック」を作るとなると、どんなことが必要でしょう。
 
 当然ながら、そのターゲットの土地を歩き、それを文章にするというのが、基本ではありますが、それをそのまま書けば、それでいいというものではありません。私は、ガイドブックに携わったことはないので、すべてが我流で資料を作っているのですが、こういう風に書いて、こんな感じにしたらわかりやすいかなと、かなりの所まで煮詰めてから、全部やり直しの方向転換。資料段階で書き換えることもあるし、現地取材も一度ならず繰り返さなければならないこともある。さらに、読み物としても気楽に楽しめるものに…。それでも、あんまり軽いのも、専門的なのもだめ…。

 つまり「読み手」さんにとって、わかりやすく使いやすく、それなりに読み物としても楽しめる親切なものにする為には、実は取材し、文章にあげるのの何倍もの時間が必要です(実際、現在依頼もきていないのに、少しずつその準備をし続けているというのも何なんですが…^^;)。

 いくつか前に書いた、知らない土地を実際に歩きながら使う為のソフトがあれば…というのも、実はこういう想いから出た発想でしたし、私が作りたい本のパターンに入ると思います。

 話はまた、少しずれますが、別の取材で京都を訪れていた時のこと。ガイドブックの取材の方と会いました(あとでわかったのですが、ライターとカメラマンの二人連れだったようです)。私がメモを取り、カメラであれこれ撮っていると、同じあたりで撮っていたそのカメラマンさんが「取材でしょ?」と声をかけてきたんです。

 「ねっ、自分の写真なんて、1枚もないでしょ?」。確かにそうです。「貸して」と突然カメラを取り上げられ、「そこに立って」。そして、「ピースして。1+1は?」。これを読んだ何人かの人はそうだと思うけれど、余りに古典的なポーズと笑顔の作り方のせりふに、私は「2」と人に聞こえないようにつぶやきながら、言われたとおりにポーズ。引きつった笑顔を見せたのでした。

 「昼飯食いました? 俺、朝から何も食わしてもらってないんですよね~」、カメラを私に手渡しながらぼやくカメラマン。そこに戻ってきた彼より年長らしき女性のライターさん。「人の写真撮ってる暇があるなら、さっさと次のコース! 行くよ!!」。カメラマン氏、こちらを見て苦笑いして去っていきました(楽しい出逢いでしたけどね…)。

 そういう取材は、そうやって、このコースはだれそれ、このコースは…と手分けして、行われているようです。案外かけあし取材。それでも、季節なりの変更にあわせるのはけっこう手一杯だと思います。

 だから、海の向こうで、全部自分で取材し、半年ほどでガイドブックをという話を目にした時、正直「ありえない!」と思いました。京都でこれですよ。日本より狭いとは言いながら、かなり広い範囲。そして、自由にあちこち歩まわれない人。それも、「とんでもない凝り性さん」。それだけに興味深いのですが、早く作れなんて、言うだけ野暮というものです。

 さて、話をこちらのガイドブックに戻します。普段よく目にするガイドブックは、私もずいぶん使わせてもらっているし、ありがたいものなのですが、あれは、ことある程度以上の年齢の高齢者の方がのんびり旅に使うには適さないと思います。たとえ脚が丈夫な方でも、やはり若い人とは違う足の運びや、どういう道が負担になるか…そういうことは一切考慮されていないようですから…。

 歳の割には脚が達者なうちの母を連れていても、書かれている徒歩の目安の時間など、達の悪い冗談だとしか思えません。最近、大人の為の…と銘打たれたガイドブックも出版されていますが、あれはどうも、京都の旅にある程度慣れ、有名どころには行きつくした、かなり生活にゆとりのある方のためのものと感じられますし…。

 そういうののあれこれを見ると、「観光客による観光客の為の、京都の有名どころを多く取り上げた、その上ほとんど(あるいは、あまり)一人旅をしたことのない高齢者向けガイドブック」を作りたいな~と、ますます思うんですよね~。実際依頼などある人は、時間にせっつかれ、こんな流暢なことは言ってられないんでしょうけどね^^;。