ソウルの友達

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 夕方、母に電話が入ってきました。おつとめ時代同じ職場だったお友達で、「近くまで来ているんで、出てこられないか」と言うんです。で、1時間ほどおしゃべりしてきた母の言うことには、そのお友達は、「ソウルの友達」と待ち合わせをしていたけど、その方から少し遅れると連絡が入ったんで、近くに住む母と話したくなったということだったそうで…。

 「あちらの方なの?」と私は聞きました。「いや。横浜の人らしい」と母。「だって、ソウルの友達って…。あっ! カジョク…、いや、どなたかのファン…かなんかで、ツアーで仲良くなったとか…」「いや。違うのよ。カジョクでも、ファンでもないの」

 それはそのまま、「ソウルの友達」だったのです。いえ。「ソウル時代」の、と言ったほうが正確かもしれません。母のお友達は、2~3歳の頃、お父様の仕事でアチラに行き、あちらの小学校にいらしてたんだそうです。待っておられたのは、その時の仲良しさんだったのですね。それから、ずっとのお友達なのだそうです。ちょうど戦争に引っかかる時期ですが、割と早いうちに帰ってこられ、こちらで小学校を卒業されれたそうなんですね。だから、あちらにはいい思い出しかないのだそうです。

 「だから○○さんは、毎年一人でソウルに行くのよ」

 思いがけない話でした。俳句の達人で、時期のあれこれを求めて、吟行会の皆さんと、県内どころか、日本各地を歩き回っている日本大好きの方だと思っていたので、ソウルに一人で、というイメージがなかったんです。
 
 「もう住んでた家もないし、辺りの風景も変わってしまったけど、その場所に一年に一度は行って、家があったり、遊んだりしたあたりを眺めてくるんだって。今のソウル…っていうより、子供の頃の思い出を追いかけてるんだわね…」

 今は、母の年代でも、ソウルに出掛けられる方がそう珍しくない時代です。でも、子供の頃の思い出を訪ねて毎年一人で旅をする…っていうのは、何か新鮮で、それでいて、心のどこかがさわさわと音を立てる話ではありました。