『クラウディアからの手紙』その後

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 『クラウディアからの手紙』というタイトルの、ドキュメンタリーかドラマ、舞台をごらんになったことはありませんか? 少しタイトルは違ったように思いますが、確か本も出ていると思います。

 先の戦争の時、旧ソ連にスパイの容疑で連行され、不当な裁判の果てに強制収容所に入れられ、強制労働に従事させられていた弥三郎さんという方と、彼を待ち続けた奥さんの久子さん、そして、あちらで彼を支え続けたクラウディアさんという方のお話です。

 出所後、日本への帰国を許されない弥三郎さんが出逢ったのは、自分と同じ境遇のクラウディアさんという女性でした。2人は、50年の月日をともにしますが、スパイ容疑も晴れたある日、久子さんが今も弥三郎さんの帰りを待ち続けていることを知ります。

 スパイ容疑も晴れているので、帰国はできます。帰国したいという想い、そして久子さんへの想いを断ち切れず、それでいて、クラウディアさんへの想いも抱える弥三郎さんの気持ちを知っていたクラウディアさんは、こう切り出します。「私はこの50年をあなたともに暮らしてきた。これからは、奥さんと一緒に生きてあげて」。そして、弥三郎さんは帰国。それからの3人は、手紙た電話を通じて互いの様子を伝え合うようになるのです。

 正直に言って、この時代のあれこれが少々苦手な私がこの3人のことをしっかり記憶していたのは、弥三郎さんご夫婦が鳥取の方だったからです。ですから、弥三郎さんが帰国され、鳥取に帰ってこられた時、お二人が駅のホームでお互いの元に駆け寄り、しっかりと抱きあわれた姿も、その日のニュースで拝見していました。

 ご結婚は1942年で、それからそんなにたたない間にソ連に。再会は、1997年といいますから、結婚から55年ぶりのことです。それからどうされているかなと思っていたら、最近ドラマ化されたものの最後で、お二人が家庭菜園で汗を流されている姿が見られ、お幸せなんだなぁと思っていたのですが。

 今朝、その後のお二人についての記事をめにしました。昨日、久子さんが90歳で亡くなったのだそうです。一昨日から悪寒を感じるようになった久子さんは、それからずっと暖めるように抱き続ける弥三郎さんの腕の中で、息を引き取られたそうです。最期の言葉は、「お父さん。暖かいね」。

 その言葉が、今日はずっと心の中にありました。