朔日参り…とも言うらしい~その4~

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torii

 10月の朔日(1日)。前日とはうって変わって、見事な晴天の下、「やっぱり今日で正解だった」と思いながら、倭文神社の最初の鳥居をくぐりました。

 ここに来るといつも、この鳥居をくぐったあたりから、周りの空気が変わる気がします。ふんわりと柔らかい感じがするんですね。それが、拝殿の近くになるにしたがって気持ちよくなってくる。これは、一緒に行った人が違ってもおなじことを言うので、私だけが感じることではないのだと思います。

 そこから見えてくる随神門をくぐり、右手が山に沿った参道をさらに進むと、その山際の方に、小さな「経塚」の案内板が見えてきます。実はその経塚のまわりにはぐるりとまあるく木々が植えられていて(自然にそうなったわけではないことがわかる)、大正時代に調査が行われるまでは、シタテルヒメさまのお墓なのではないかと思われていたんだそうです。

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konouegakyozuka

 調査してみると、そこから出てきたのは数々の経本などで、シタテルヒメ様にまつわるものは出てこなくて、「ただの経塚だったかと、墳墓の手がかりを期待する人たちはがっかりした」と書かれた物を読んだことがありました(とは言っても、出土した物は国宝となり、国立博物館に収蔵されているそうなので、これはこれで立派なもののようですが)。

 でもね、その経塚ぎりぎりに、わざわざぐるっとまあるく木々で囲う写真を見てからずっと思ってたんです。「経塚を何でそんな風にしてわざわざ守るんだろう。変なの」って。

 さて、ここでまた寄り道話。実は今回、お参りを終えて家に帰ってから、ふっと「そういえば、参道の長さはどれくらいなんだろう」と、ネットで検索してみたとき(約200メートルいうのを見つけました)、たまたま見つけたとある一文にこうあったんです。

 「平安時代の経文を納めた物が確認されたわけだが、平安時代以前に納められたものについてはわからなかったという」。

 確認された? わからなかった? なかった…じゃなく、わ・か・ら・な・か・っ・た…なのね?(しばし沈黙)。 ふ~~ん。ふっ(にやっ)。