朔日参り…ともいうらしい~その2~

f:id:hikari2038:20201003232925j:plain
keidainokigi



 いつから始まったかははっきりしないんだけど、江戸時代あたりからは記録に残されているという「朔日参り(一日参り)」に、私が出掛けたのは、伯耆一の宮「倭文(しとり)神社」です。

 ここは安産の神様として有名で、周辺地域だけでなく、かなり広い範囲からお参りされている神社です。かく言う私も、母が私を身ごもったときにご加護をいただいている神社なんですよね。ここのご祭神のおひとり一柱)である、「シタテルヒメ」さんが、農業の開発や医薬の普及と同時に、安産のために尽力された神様だということからのことのようです。

 この倭文神社の主祭神は、タケハヅチノミコトさん。倭文織(日本の織物)の祖とされる神樣です。由緒書きによれば、このあたりが倭文織の産地であったことから祀られたもので、そこにオオクニヌシさんの娘さんであるシタテルヒメさんを加えて祭神とされと書かれています。

 境内には、安産を願う人のための安産石や、お乳がたくさん出るようにと願を掛ける木とか、安産にまつわるものだけがあって、織物関係の物は見えないんですけど、なぜかタケハヅチさんのほうが主祭神なんですよね。

 このタケハヅチさん、何と国譲りに従わない神様を成敗するために遣わされたらしいんです。織物の神様ですよ。何でそんな神様を遣わしたのかと思える妙な采配です。

 さらに、その国譲りを迫られていた側のトップは、シタテルヒメさんのお父様、オオクニヌシさんです。アマテラスさんに最愛の夫を殺され、出雲を追われてここに行き着き、里の人々に慕われ、その力になりながら尽力しながらも、時折懐かしむように出雲の方を眺めては、ここを終焉の地としたと言われるシタテルヒメさんと、相対する立場の神様を何故この場所でセットにしたんでしょう。

 朔日参りからちょっと話がすれるんですが(すでに、少し前からずれている)、実は、あくまでも一つの説としてだけど、興味深い話があるんです。